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16 塔での戦い



塔の最上部を目指すリゼットは、途中で武器庫を見つけ、矢を補充した。

手ごろな短剣も腰に穿く。

外観を見たときから当たりをつけていた部屋にたどり着くと、案の定、小窓から正門が見えた。


いつのまにこんなに集まったのか。

大勢の敵兵が太い木の杭を正門に打ち付けるたびに、どおおおん、という低い音が鳴り響く。

木製の門はそのたびに大きく揺れて、今にも破壊されそうだった。

砦に配置された警備兵たちも、外壁の上から矢を射かけたり、投石器で岩を放ったりして応戦している。


ラウルはどこにいるのだろう。

いまだ夜の闇は深く、個々を判別できるほどの明かりはない。


門の上にいた警備兵が、何か水のようなものを、門を攻め立てる敵兵にかけた。

直後、火矢が放たれる。


突如燃え広がった炎に辺りが照らされ、逃げ惑う敵兵と、時の声をあげて左翼から突進してくる騎馬隊の一団が見えた。

木の杭と門が焼け落ちる。

敵の陣を分断し、炎の中を駆け抜ける騎馬の戦闘にいるのは――


「ラウル!」


思わず叫んだ。

突然の炎と、現れた騎馬隊に敵の陣は乱れ、散り散りに逃げ惑う。

その隙に、ラウルの率いる騎馬隊は門の中へ飛び込んだ。

砦を守っていた警備兵たちから、歓声があがる。


門はといえば、焼け落ちた木製の門のかわりに、重そうな鉄の門が十人がかりで左右から閉められようとしていた。

あの門は二重になっていたのか、と上から見下ろすリゼットは目を凝らす。

ラウルが駆けつけるのがわかっていたから、開け閉めに時間のかかる鉄門は使わずにいたのだ。

門を動かす巻き取り式の鎖を、屈強な男たちがひっぱっている。

少しずつ動いている門は、だがしかし、態勢を立て直しつつある敵兵の侵入を許していた。


命知らずな者が、剣と己の命一つもって切り込んでくる。

門が閉まりきるまであと少し。


「ラウル=オーレリア!

 覚悟!!」


躍り出た敵兵がラウルに向けて決死の特攻をかける。


「危ない!」


この声は届くだろうか。

わからないが、叫ばずにはいられない。


その切っ先は、ラウルに届くことはなく、ラウルのすぐ横にいた味方の兵に、切り倒された。

ほっとしたのもつかの間、門の間から入り込んだ敵兵が、次々とラウルに襲いかかってきた。


さほど数は多くないが、場所が狭いだけに、騎馬隊も思うように動けないでいる。


このままでは危ない。

リゼットはラウルに何も話していなかった。

話さぬままに、本当の自分を見てもらうことなどできなかったのに。

姉のまねではなく、私自身を見てもらえるように、初めからもう一度やり直すんだ。

そう決意したリゼットは、外壁の上に取り付いてラウルを狙う敵の弓兵に向けて、矢をつがえた。






その声は、闇夜を駆け抜ける一条の光のようだった。


ラウルは名を呼ばれて反射的に振り向く。

耳の横を敵の矢がすり抜けて、背後の壁に突き刺さった。


頬が浅く裂けたが、今さらそんなささいな傷はかまっていられない。

それよりも、今の声――


「リズ?」


声のした方を目で探すが、人馬入り乱れ、何が何やらわからない。

その間にも左から突き入れようとしてきた剣を払いのけ、正面に躍り出てきた敵兵を切って倒す。


「ラウル! 後ろ!」


上方から鋭い声がとぶと同時に、すぐ後ろで敵兵が倒れた。

喉を貫くのは見覚えのある手製の矢。


「リズ! どこにいる!」


目の前の敵の腹に剣をつきさし、蹴り倒す反動で引き抜く。

返す刀で、右側の男に向けて下から斜め上に振りぬく。

血しぶきが飛び、地面を汚す。

かまわず声のしたほうへと突き進む。


「リズ!」


ラウルが倒す以外にも、周りでどんどん敵兵が倒れていく。

手製の矢は、途中からオーレリア製の矢に変わったが、確かにあれは少女のものだった。

あの森で一緒に作ったのだから、見間違えようがない。

矢は砦の上の小窓から放たれているようだ。


なぜ彼女がここに。

腹の子はどうした。

こんな危険な戦場に、民間人がいてはいけない。


「ちっ」


混乱の中、ラウルは追いすがる敵を蹴落として、階段に足を掛ける。


「ラウル様!

 もうすぐ援軍が来ます。

 ここは我らが押さえますから、砦の内部へ!

 王妃様も中でお待ちです!」

 

リュシエンヌ!

そうか無事着いたか。

敵の手は外壁間際で食い止められている。

ここにいる者ももうすぐ殲滅できるだろう。

内部にいるのなら、安全だ。ティエリーもついている。


そう思ったラウルは、もう一人の少女を思う。

彼女はどうだろう。

一時いっときとはいえ、己を癒してくれた笑顔を思い出す。

彼女がいなかったら、ラウルはまだ迷っていたかもしれない。

復讐に心を囚われ、取り返しのつかないことをしていたかもしれない。


彼女も、今はオーレリアの民の一人。

無駄に死なせはしない。






一方、塔の上部にいるリゼットからは、門の中へ入り込んでいた敵の数が減り、ラウルが中へ入っていくのが見えた。

張りつめていた気が緩んだのか、下腹部にちくりと痛みを覚える。


「無理させてごめんね。

 もうすぐ終わるから」


「それは誰に言ってるんです?」


はっと気づいた時にはもう遅く、背後から羽交い絞めにされ、首筋に短剣を突き当てられていた。


「ティ、ティエリー。

 どうしてここに……ラウルのところに行ったんじゃ……」


ティエリーと別れたのはずいぶん前。

そういえばラウルの側にティエリーの姿はなかった。

矢を射るのに夢中で気付かなかったが……。


「あの筋肉馬鹿はこういうことは苦手でね。

 昔から私の役目なんです。

 本人は器用なつもりをしているが、根が素直だから。

 ……あなたは我が国に来てから不審な点が多すぎる。

 はじめは緊張からくるぎこちなさかと思っていましたが」


ラウルと違い、ティエリーは当初から何かと気にかけ、リゼットに声をかけていた。

忙し仕事の合間に話をしたり、便宜を図ったりしようとしていた。

それは王妃の人となりを知るとともに、見張る意味もあったようだ。


「扇で顔を隠しつつ、ラウルにそつなく接するのも、大国の王女の自尊心から来るものかと思いました。

 それにしては、ラウルに酷い扱いを受けても激高する様子も国に知らせる様子もない。

 むしろ我々の手をわずらわすこともなく、使用人には評判がいい。

 模範的な王妃でした」


それは、姉の振りをしなければならなかったから。

ぼろを出してはいけないと、自分を押し込めていた。

しかし、ティエリーにそんなリゼットの事情など知る由もない。


「ところが、しばらくすると、あなたの部屋に出入りする者が現れた」


リゼットはティエリーの言う意味がわからず、眉をひそめる。

首も傾げそうになって、短剣が首元にあることを思い出してとどまった。


「小柄な茶色の髪の少年」


「!」


「思い当たることがあるようですね。

 2か月ほど前からでしょうか。

 どこぞと連絡を取り合っていたんでしょう?」

 

ティエリーはそれがリゼット本人だとは気付いていないようだった。

間者を出入りさせていると思ったのか。


「そして今日のこの行動。

 我々の集めた情報には、デナーシェの第一王女が弓の使い手だとは一切なかった。

 途中からラウルを助けるような動きをしていましたが、何か策があってのことでしょう」


ぎりぎりと締め付けてくる腕に、リゼットは身動きがとれない。

普段は宰相として書類の山を前に室内にこもっている印象があるが、みかけよりもずっと鍛えているようだ。


「ねぇ、リュシエンヌ様。

 ラウルはあなたをリズと呼んだ。

 お二人の間に何があったのです?

 粗野に見えて本当は情の深い、うちのラウルをどうやってたらしこんだんです?」


どこから見ていたのか。

案外、ティエリーも一度は本当にラウルの側まで行ったのかもしれない。

リゼットの射る矢に気付いてここまでたどり着いたか。


「おまえ、本当にデナーシェの王女か?

 ラウルをだまし、名を偽って近づいて、何をしようとしている!」


ティエリーの口調が変わる。

どすの利いた低い声。

優しげな宰相の仮面ははがれ、戦乱を生き抜いた厳しい男の顔がそこにあった。


どう答えたらいいのか、リゼットは困る。

ラウルを貶めようと名を偽ったわけではないが、ごまかしがあったことは否めない。


「今回の襲撃も、おまえの手引きによるものか。

 あのユリアという侍女も仲間か」


「ち、違う!」


思い悩むうちに勝手に話を進められ、リゼットは慌てて首を振る。


「ユリアは関係ない。

 私の事情を知って協力してくれただけだ」


「ほう……協力?

 何に協力だ。

 ラウルの抹殺か、オーレリアの転覆か!

 今あいつが死んでデナーシェとの条約が破れれば、大陸の均衡が崩れて、また戦乱の世に舞い戻る」


首に突き付けられていた短剣が位置をずらし、今は固い腕で首を絞められていた。

答えたくても答えられない。

息がつまり、体の力が抜けていく。


「おっと、そう簡単に楽にはしない」


ティエリーの腕が緩む。

首を解放されたリゼットは、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「うっ……ごほっごほっ……。

 違う、ティエリー、聞いてくれ……」


信じてくれるかはわからない。

再び首に短剣を当てられながらも、リゼットは必死にこれまでのことを話した。


「……確かに第二王女の事故の件は把握している。

 しかしそんな話を信じると思うか?

 数年前に森で会った?

 俺はずっとラウルと共にいるが、そんな話は聞いていない」


おまえが本当に王女である証拠は、と問われるが、そんなものはない。


「そうだ、デナーシェの王族は不思議な力があるんだろう。

 今ここでおまえの首を切り落としてやろう。

 首をもって歩いてみろ。

 それができたらおまえの話を信じてやる」


「……元々そんな話はでたらめなんだ。

 王族にそこまでの力はにない。

 せいぜい回復を早めるくらいで……」


「はっ

 自分で自分の正体を現したようなもんだ。

 デナーシェの王女を名乗り、国王を害そうとした罪で、オーレリア国宰相ティエリー=オーレリアの名の下に、即刻その首跳ねてやる!」


ぐっと首に当てられた短剣に力がこもった。


あぁ、これまでか。

そうじゃないのに。

姉のため、国の為。

がんばってきたのに。

私は間違っていたのか。

初めから正直に話をしていたら違ったのか。


リゼットはぎゅっと目をつぶる。

ぷつりと首の皮に刃が入ったのを感じた。


ラウル。

私たちの赤ちゃん。

ごめんなさい……。




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