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14 夜襲



嬉しいと、言ってくれた。

森で会うラウルは優しい。


リゼットは夕べ熱をだしたが、ユリア特製の野菜スープを食べてたっぷり眠ったらすっきり目覚めた。

外の空気を吸いたくて窓を開けたら、森の方へ歩いていくラウルが見えた。


いけないと思いつつも、別荘を出ていく彼の先回りをして、今日も森へ足を運んでしまった。

子どもができたことを、侍医は伝えたといっていたが、彼がどんな反応をしたかは教えてくれなかった。

リュシエンヌが話しても、嬉しいと言ってくれるだろうか。


今日会ったら直接話してみよう、とリゼットは心に決める。


“リズ”に向けるような笑顔を、リュシエンヌにも見せてほしかった。

ラウルの変わらぬ笑みを知ってしまったから……。

義務としてではなくて、たわいもない話をしたり、彼に触れたりしてほしかった。


こっそりと部屋に戻り、朝露に濡れた服を着替える。

ラウルももう戻っただろう。

今日は一緒に朝食をとろう。


そう思ってユリアを呼ぶと、ラウルはもう城に向けて発ったと言われた。


「え……だってさっきまで……」


「城から急使が来たのです。

 なんでも王のいない隙をついて、謀反を起こそうとした者がいたそうで」


ここのところ落ち着いてはいたが、以前のオーレリアでは、こんなことはよくあったらしい。

ラウルが向かえばすぐ平定されるだろうと聞き、ほっと胸をなでおろす。


「危険はないの?」


「知らせが来た時は、もう終息に向かっているような話でした。

 リュシエンヌ様がこちらにいらしているときでよかったです。

 そんなことに巻き込まれでもしたら、たいへんですもの」


食欲のなさがつわりとわかり、今朝は妊婦用の食べやすいものが用意されていた。

ゆっくりと食事を済ませ、さて今日は何をして過ごそうかと考える。


「ねぇ、ユリア。

 オーレリアでは戦に行く夫に何かするというのはないの」


デナーシェでは飾りひもに髪を縫いこんで、相手に渡すというのがあった。

今回は間に合わないが、まだまだ不安定なオーレリアの情勢を思うと、次もあるかもしれない。


「そんなもの渡す必要ないですよ。

 でもまぁリュシエンヌ様が何かしたいというのなら、ちょっと近くの者に聞いてきます」


ほどなくしてユリアが白い手巾と刺繍糸を持って戻ってきた。


「……これにお互いの名前の頭文字を入れて、相手の手首に巻くんだそうです。

 リュシエンヌ様、刺繍ですよ。ふふ」


「う……がんばる」


「私が作りましょうか?」


「いいよ、これは自分でやる」


多少練習はしてきてはいても、まだまだ危なっかしい手つきで針をもつリゼットを、ユリアが心配そうに見つめる。

あまり根を詰めるのはよくないのかもしれないが、どうせ今日はもう一日部屋から出ない予定なので、ちょうどいい手慰みになる。


「できても……リュシエンヌからじゃラウルが受けとってくれるかどうかわからないしね」


ひとりごちて、練習のつもりで気軽に始めることにした。

途中、難しいところはユリアに教えてもらいながら針を進め、夕方にはなんとか形になった。


ラウルのRとリュシエンヌのL。

リゼットの頭文字もLだ。

オーレリアの紋章にある蔦の葉を隅にあしらい、ラウルの瞳の色である青色の糸で縁取りをした。

思わぬ出来に、いつか渡せる日が来るといいなと思う。

そのときは笑ってくれるといい。

森で会ったときのように。


「でも体を触りまくるのはやめてほしいんだよね……」


「え? リュシエンヌ様、何かおっしゃいましたか?」


「ううん、なんでもない」


つい、口に出してしまって慌ててごまかす。

リュシエンヌのときはほとんど触れてこないのに、リズの姿で会うと、ラウルはやけに触りたがるのだ。

冷たくされるよりはいいけれど、リズの時に彼に触られると、なんだか体がぞくぞくして、変な感じになる。


夕食を済ませ、寝台に入る。

きれいに包んでリボンをかけた手巾は、枕元に置いた。


城に戻ったら、もう少しラウルに話しかけてみよう。

自分から歩み寄って、心を開いてみよう。






寝入ってすぐに、夢を見た。

夢の中で、リゼットはあの森にいた。

デナーシェの、天使の森。

隣にはラウル。

リゼットだけを見て、笑いかけてくれている。


『お母様ぁ、こっち、こっち!』


幼い声に呼ばれた。

え……あれは……。




「……様!

 リュシエンヌ様!」


切迫した声とともに揺り起こされた。

はっと目覚めたリゼットは、自分が今どこにいるのかとっさに把握できない。

辺りはまだ暗く、寝入ってからさほどの時間は立っていないようだ。

ぼうっとしている間にも、燭台をもったユリアがばたばたを部屋の中を駆け回る。


「ユリア……まさか……」


「そのまさかです。

 さぁリュシエンヌ様、着替えている暇はありません。

 これを羽織って、こちらへ!」


外套を肩にかけられ、手を引かれる。

とっさに枕元の手巾を胸に押し込み、ベッドの下に隠しておいた弓矢も外套の下に背負った。

鬘も忘れてはいけない。


廊下に出ると、階下から押し合う声と金属がぶつかりあう音が聞こえてきた。

きな臭い匂いもする。

火をかけられたのか。


「リュシエンヌ様、ユリア!

 こっちです!」


「ティエリー!?」


「申し訳ありません。

 相手の作戦を見抜けなかった私の失策ミスです。

 城を攻めると見せかけて、本当の目的はこちらだった。

 あなたに危害を加えて、オーレリアとデナーシェの和平を崩そうとしていたのです」


ラウルはこちらに戻ろうとしたものの、敵の陽動にひっかかり、途中の街道で足止めをくっているという。


「ここはもう保ちません。

 裏山を抜けて、本隊に合流します。

 御身大事のこの時に、ご負担をおかけしますが、ご了承ください」


リゼットは見覚えのある近衛たちに守られて、裏山へと分け入る。

遠ざかる争いの音に心を痛めながら、声を殺して森の中を進む。


「ティエリー、止まって」


リゼットの琴線に、何かが触れた。

こちらにきてから毎日のように散策していた森だ。

暗くて見づらいが、土地勘はある。

いつもと同じ森のはずが、今、何かがおかしかった。


「リュシエンヌ様?

 お急ぎください」


ティエリーが急かす。

皆気付かないのか。

虫の声がやんだ。

迫りくる押し殺した気配。


リゼットは、目深にかぶっていた外套の風よけを払い落し矢をつがえた。


「リュシエンヌ様!?」


ちかっ

森の奥で何かが光った。


「そこだ!」


「ぎゃあ!」


リゼットの放った矢が、敵の喉元に突き刺さった。

どさりと音を立てて倒れ込む。

それが合図だったかのように、森の中に大量の松明の火が掲げられた。


「ひっ、囲まれてる……!」


ユリアの顔が、恐怖に歪む。


「落ち着いて、ユリア。炎の数ほど敵は多くないわ。

 今、少しだけど松明が点くのに差があったでしょう。

 一人で何本か持っているのよ。

 囮とか罠とか、敵は姑息な手を使うのがお好きなようね」


ユリアを落ち着かせるために言った言葉は、別の男にも届いていた。


「リュシエンヌ様……あなたは一体……」


ティエリーの瞳がいぶかしげに細められる。

まずかったかな、とリゼットは思ったが、もう遅い。

弁解するにも、じりじりと敵は距離を詰めてきていて、余裕がない。


「話は後よ。ラウル様との待ち合わせ場所は?」


「街道沿いの馬屋番の塔です。

 南側に抜ければあと少しです」


問い詰めたそうなティエリーを無視して、リゼットは問う。

別荘に来たときに、塔というより砦といったほうがいいような立派な建物があったのを思い出した。


「見た通り、弓なら少し使えるわ。

 私も戦力と考えてくださいね。

 さぁ、どうすればいいかしら」


迷いは一瞬。

普段は宰相として虫も殺さぬような顔をしているが、ティエリーとてだてにラウルと共に十五年戦争を生き抜いたわけではない。


「サウル、ヨシュア。リュシエンヌ様をお守りして私と共に南下。

 他の者は我々が森を抜けるまで、敵の足止めを。

 できることなら殲滅。

 合図をしたら一気に行きます。

 前方は私たち三名が切り開きます。

 リュシエンヌ様、万が一のときには援護をお願いします」


近衛たちが布陣を変える。

ティエリーが先頭に、サウル、ヨシュアと呼ばれた二人がリゼットとユリアの前につき、他の者は左右に散った。


「皆……無事で」


今のリゼットにできるのは祈ることだ。

そして生き残ること。

ティエリーが声をかける。


「三……二……一……今だ!」





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