第六話 好きになって良かった!
おれは呼吸を整えると、守沢くんをまっすぐに見据えた。
「そ、それでも好きです。付き合ってください!」
言った瞬間、心臓がドクンッて跳ねた。ワンコが全力で吠えたみたいな勢いで言ってしまったから、守沢くんは目を見開いたまま固まっていた。
「た、滝本くん……」
その声は、さっきまでの弱気な声じゃなかった。でも、驚きと戸惑いと、ちょっとした震えが混ざっていた。
「ぼく……さっき言ったよね。そんなふうに思ってもらえるような人間じゃないって」
「……うん。でも」
おれはぎゅっと拳を握る。怖いけど、言わなきゃいけないことがあった。
「おれ、頭悪いし、勉強もできないし、効率も悪いし……守沢くんみたいにできる人じゃないけど……」
言いながら、その情けなさに胸が軋むように痛む。それでも守沢くんに伝えたいことがあった。ちゃんと自分の言葉で伝えたかった。
「それでも……守沢くんが好きなんだ。きっかけはたしかに『頭が良いから』だったけど……守沢くんが、守沢くんだから好きなんだ」
守沢くんの目が、ほんの少し揺れた。
「ぼく……そんな特別な人間じゃないよ」
「特別じゃなくてもいい! というか、おれにとってはもう特別なんだけど……」
おれは必死に、一生懸命頭を働かせる。少ないゴイリョクをかき集めて、少しでも自分が言いたい、本当の気持ちに合った言葉を探し出そうとする。
「勉強しかしてこなかったって言ってたけど……おれのために時間使ってくれた! おれのノート見て笑ってくれたし、おれが頑張ってるの、ちゃんと見ててくれた……!」
今までの記憶を辿るだけで、おれの顔は勝手に緩んでしまう。それはとっても愛おしい記憶。……ああ、「愛おしい」なんて難しい言葉、使ったのはこれが初めて。だけどたぶん、こういう気持ちのときに使うはずだ。
守沢くんは、はっと息を呑む。
「それって……すごく幸せなことだと思う。おれは、それが嬉しかったんだ。だから……守沢くんのことが好きなんだ」
言いながら、涙がまた滲んだ。でも、泣きそうなのは悲しいからじゃなくて、胸がいっぱいになったからだった。
「おれ、守沢くんのこと……好きになりたいです。好きでいたいです。お付き合いしたいんです……!」
最後はもう、言葉がぐちゃぐちゃだった。だけど、これがおれの言いたいことのすべてだった。全部、本当のことだった。
守沢くんは、しばらくおれをぼんやりと見つめていた。黒髪から覗く目は、まるで信じられないものを見るみたい。けどその奥で、何かが揺れていた。
「……滝本くん」
ゆっくり息を吐くと、守沢くんは微笑んだ。
「そんなふうに言われたら……勝てないよ」
呟くような言葉は小さくて、普通の人なら聞き逃しちゃうくらいだった。でも、おれにはちゃんと聞こえた。大好きな守沢くんの声を、おれが聞き漏らすはずがない。
守沢くんは、おれの手をそっと取った。
「ぼく……滝本くんのこと、好きだよ」
その言葉に、おれは頬がぽっと熱くなるのを感じる。
「ぼくのために頑張ってくれるの、嬉しかった。ぼくと話してるとき、楽しそうにしてるのがかわいかった。……人をそんなふうに思ったの、初めてだった」
守沢くんは、少し照れたように笑った。
「ぼくも君が好きだ、滝本くん。……だから、付き合ってください」
その瞬間、おれの世界がぱぁっと明るくなる。まるで桜が一斉に花咲いたみたい。おれがワンコだったら、その木の下で尻尾をぶんぶん振り回しちゃってるかもしれない。
「……はいっ!」
声が裏返ったけど、そんなのどうでもよかった。おれは嬉しくて、泣きそうで、でも笑っていた。
二人きりの教室で、おれたちは友達から恋人になる。……おれの『告白リベンジ大計画』は、こうして無事、成功に終わったのだった。
◇ ◇ ◇
計画終了から数日。おれは人生でいちばん幸せな日々を過ごしていた。
「滝本くん、ここ間違ってるよ」
「えっ、どこ……?」
「ここの“+”が“-”になってる」
「あれ、なんで……?」
「うーん……滝本くんが、いつの間にか変えちゃったのかも」
放課後、おれたちは二人きりで教室に残って、今日の宿題や授業の復習をしていた。二人の時間にぴったりだと、最近はルーティンになっていたのだけれど、おれはまだ慣れていない。
「いつから間違えてたんだろ?」
「えっと……第一問のここからかな」
「って、すごい最初の方! もっと早く教えてよ……」
守沢くんは、おれの間違いだらけのノートを見ながらくすっと笑う。その楽しそうな笑顔が眩しくて、何より守沢くんとの距離が近くて、おれの心臓はずっとうるさかった。
「……あの、守沢くん」
「ん?」
「そんな近いと……おれ、緊張して……数字が読めなくなっちゃう……」
「そう? でも、そこは頑張って読んでほしいかも」
「うっ……」
言い返せない。まったくその通りだ。
でも、嬉しい。なんかもう、全部嬉しい。
「ほら、集中して。できるまで帰さないよ」
「えっ……帰さない……?」
「うん。だって……」
「だって……?(ゴクリ)」
「……明日、テストがあるから」
「わああああああああああ!」
さらっと言われて、おれは机に突っ伏した。まるでワンコが床にぺたんってなるみたいに、だ。
だって、信じたくもない。明日テストがあるなんて……そんなの最悪だ!
「む、無理……心臓が……」
「大丈夫。ぼくがいるから」
「ド、ドキドキしちゃって余計に無理だぁ……」
守沢くんは、そんなおれを見て楽しそうに笑った。
(笑ってる顔、綺麗……好き……)
なんかもう、空気が甘すぎる。でも嫌なわけじゃない。むしろ嬉しすぎて死ぬ。
……と、そのとき、ガラッと教室のドアが開いた。
「おーいアキ〜〜〜」
「勉強進んでるか〜〜〜」
「……って、うわ。甘っ」
ノリとミヤとシンがそろって入ってくる。三人とも、おれと守沢くんの距離を見て、生温かい視線を向けた。
「お前ら、もう付き合ったのにまだ勉強してんの?」
「普通イチャイチャするだろ」
「いや、してるか……十分してるな……」
冷静に言われるとなんだか小っ恥ずかしくなってくる。席を立って「ちょ、ちょっと! イチャイチャなんかしてないけど!?」と主張するけど、「してるだろ」、「してるな」、「してるね」って三人みんな言うから、おれはまた机に顔を埋めた。
「アキ、顔真っ赤」
「耳まで真っ赤っかだぞ」
「うるさい……」
守沢くんは、そんなおれを見てまた笑った。
「滝本くん、かわいいね」
「やめて……!」
「ほら、頑張って。ぼくの彼氏なんだから」
「やめてぇ……!」
いつメン三人は、やれやれと肩をすくめた。
「アキ、完全に守沢にやられてんじゃん」
「甘やかされてるだけだろ」
「まぁ……幸せそうだからいいけどな」
シンの言葉に顔を上げる。ふむ、「幸せ」か……。
「……うん。幸せだよ」
心からの素直な言葉が出てくる。すると守沢くんがおれの頭をそっと撫でた。
ふわふわとした手つきが優しくて、おれは顔を赤らめながらカチコチに固まってしまう。
「よしよし」
「やめてぇ……!」
「かわいいから仕方ないよ」
「やめてってばぁ……!」
いつメンのみんなは爆笑していた。
「やられてるっつーか、完全に飼われてるな。これ」
「犬枠だもん、こいつ」
「ご主人様によしよししてもらえて良かったな」
「もぉー!」
でも、笑い声の中でおれはふと気づいた。守沢くんの隣にいるのが、すごく自然で、すごく幸せで、すごくあったかい、ってことに。
ドジでワンコっぽいおれと、頭が良くて桜みたいな守沢くん。おれたちは全然違って、だけど全然違うおれのことを受け入れてくれる守沢くんを大好きだと思う。そして、そのことを実感できるこの時間が、とってもとっても大切だった。
(ああ……本当に、)
あなたのことを、好きになって良かった!
Fin.




