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彼女は彼の運命の人  作者: 豆狸


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第三話 卒業パーティの夜

 今夜は学園の卒業パーティが開かれる。


 私は帝国からの客人ジオゴと会場に来ていた。

 彼は帝国のドミンゲス公爵家のご子息だ。

 この王国の南に広がる帝国では珍しい銀髪の持ち主なのだが、色が濃いのと人工照明だけの会場内なので黒髪のように見える。母君が王国出身だからと、右も左もわからなかった留学生の私の世話を焼いてくれた恩人だ。


 ジオゴに運命の人はいない。私と同じだ。

 運命の人がいることは悪ではないし、私とジオゴは恋人同士ではない。

 だけど彼に運命の人がいないというだけで、なんだか心が安らぐのを感じる私だった。


 もちろん彼には婚約者もいない。

 婚約者のいる方にわざわざ他国までエスコートしに来てもらうなんて出来っこないもの。

 本当は自国内だって、自分以外に婚約者のいる人間にエスコートしてもらうだなんておかしいと思う。たとえ運命の人であってもね。


 会場の壇上で、カルロス王太子殿下が卒業パーティ開始の挨拶をしている。

 彼の隣には生徒会役員でさえないデホタがいる。

 ふたりの後ろには国王陛下ご夫妻。婚約破棄も断罪もおこなわれないと知ったのか、王妃は不機嫌そうな顔で立っている。彼女は自分のときと同じように息子の王太子にも婚約破棄の末運命の人と結ばれて欲しかったのだろう。


 父と一緒に婚約解消を訴えに行ったときも王妃にはごねられた。

 学園の卒業パーティで婚約破棄と断罪をされるために婚約を維持するだなんて、だれがすると思うのか。

 父は、自分と同じことを繰り返させることで正当な行為だと思わせたい、思い込みたいのではないかと言っていた。


 国王陛下の本来の婚約者を断罪して結ばれたふたりは、今は仮面夫婦らしい。

 人前に出る公務以外では口も利かないそうだ。

 陛下の運命の人は王妃なのにね。


「それでは卒業パーティを始めよう。みなの者、良い夜を!」


 カルロス王太子殿下が叫んだ瞬間、デホタが私のほうを見た。

 最初から探していたのだろう。殿下の隣でキョロキョロと会場を見回していた。

 憎々し気な瞳で私を射て、彼女は動きを止めた。目を丸くし、ぽかんと口を開ける。


「それではデホタ、私と踊ってくれないか?……デホタ?」


 殿下の誘いを無視して、彼女は真っ直ぐ私へと駆け寄ってきた。

 正確には私ではない、ジオゴの前だ。

 頬を真っ赤に染めてデホタは言う。


「は、初めまして。私と踊ってくださいませんか?」


 カルロス王太子殿下の運命の人はデホタだが、デホタの運命の人は殿下ではない。

 彼女の運命の人はジオゴなのだ。

 ジオゴには私の恩恵(ギフト)も含めて伝えた上でエスコートを依頼した。私のように運命の人がわからなくても、自分の運命の人と出会った人間は体も心も熱くなって引き寄せられるように感じるらしい。なにか起こるかもしれないと意地の悪い期待を抱いていたけれど、デホタがここまでの行動に出るとは思わなかったので、いささか怯えてしまう。


「ああ、ごめん。俺は今夜、最初から最後までエマと踊ると決めてるから」


 デホタの視線が怖い。

 カルロス王太子殿下は壇上で絶望に染まった顔をしていた。

 ジオゴは私の腰に手を回し、引き寄せる。彼はデホタの行動に驚いて演奏を止めていた楽団に声をかけた。


「さあ、とびっきりの舞踊曲を奏でておくれ。俺の母上、この国の元侯爵令嬢のカミーラから聞いているよ。学園楽団の演奏は最高だって!」


 実は、ジオゴは殿下の異母弟だ。

 知っていて親しくなったわけではない。私には運命の人以外わからない。王宮で受けていた教育でも教えられたことはなかった。

 もっとも彼のほうは知っていて、母君と近い状況の私に興味を持ったのかもしれないけれど。


 国王陛下に婚約を破棄され断罪された侯爵令嬢カミーラ様のことは、この国では禁句だった。


 庶民の特待生だった王妃は優秀な頭脳を持っていたらしいが、それでも経験がなかったので満足に公務をこなすことは出来なかった。

 それで法律を変え、公務を任せるための側妃としてカミーラ様を王宮に迎えたのだ。公務を任せるためだけに迎え入れたはずの側妃カミーラ様は、やがて身籠った。

 カミーラ様のご懐妊を知った王妃は怒り狂ったけれど、そのときにはもう彼女への愛は冷めていたのか国王陛下はカミーラ様を守り通した。


 とはいえ、多忙な国王陛下がずっと側妃についているわけにはいかない。

 陛下が王宮を離れたわずかな隙に、王妃は卒業パーティでの断罪と同じように罪をでっち上げてカミーラ様を王宮から追放した。ジオゴは陛下の種ではないと言い触らして。

 そのときはもう自分自身が王妃として公務を果たせるようになっていたのも大きかったのかもしれない。たった数年で身に着けたのだから、確かに頭脳は優秀なようだ。


 私とカルロス王太子殿下の婚約が結ばれたのは、その直後だ。

 これだけのことをして王家から貴族の忠誠が離れないはずがない。

 そもそもカミーラ様との婚約破棄も、冤罪まで被せておきながらぬけぬけと側妃に迎えたことも、公務を任せるだけと言いながら身籠らせたことも、すべてが王家への不信を煽っていた。


 王妃と王太子殿下を追い出してカミーラ様を呼び戻そうという動きが収まったのは、我がクルス辺境伯家が殿下の後ろ盾になったからだ。

 殿下はそれをわかっていたから私と婚約破棄までする気はなかっただろう。

 彼は母の王妃と同じで優秀だし、王妃と違って貴族社会の勢力図も理解していた。

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