EP 9
深海の『角行』と、見えない恐怖
「殿! 関東への進軍ルートを外れました! このまま北上すれば、京都府の日本海側……舞鶴へと出ますが、よろしいのですか!?」
ハイラックスのハンドルを握る藤吉が、猛烈な横Gに耐えながら叫ぶ。
荷台の信長は、吹き荒れる風の中で不敵に笑っていた。
「構わん、踏み込め! 北条のイージス艦(鉄の棺桶)などという『見え透いた脅威』に気を取られている間に、日本海側に眠る『真の切り札』をいただく!」
信長が目指したのは、日本海側最大の海上自衛隊拠点――舞鶴地方隊であった。
数時間後、舞鶴基地のゲートを強行突破したハイラックス部隊は、港に停泊している艦艇群を包囲した。
京都府の防衛部隊は、突如背後から現れた機動力のバケモノたちに完全に虚を突かれ、銃を一発撃つことすらできずに制圧された。
鬼又1佐が、港のドックを確認して息を呑む。
「殿! 護衛艦群の奥……専用の秘匿ドックに、川崎重工業と三菱重工業が建造した最新鋭の『たいげい型』および『そうりゅう型』潜水艦が3隻、無傷で停泊しています!」
「でかした」
信長は、海面に黒光りする巨大な葉巻型の船体を見下ろした。
「イージス艦のような水上艦は、レーダーを回して居場所をひけらかすだけの『的』だ。だが、この潜水艦はどうだ? 弥太郎」
「はっ! 海中に潜めば、最新鋭のソナーを以てしても探知は極めて困難。さらに『たいげい型』はリチウムイオン蓄電池を搭載しており、長期間の無音潜航が可能です。燃費の面でも、巨大なガスタービンを回し続ける水上艦より遥かに優れています」
「くくく……つまり、盤面から姿を消し、敵の喉元へ一瞬で移動できる『角行』の成り駒(馬)というわけだ」
信長は、北海道と九州の方向を冷酷に見据えた。
「北海道の松前も、九州の黒田官兵衛も、食料や資源が豊富とはいえ、海に囲まれた島だ。必ず『海上輸送』に頼る部分が出る。タラバガニを運ぶ漁船だろうと、物資を運ぶ輸送船だろうと、海に出た瞬間にこの『見えない恐怖(潜水艦)』の餌食になる」
盤面の外から高みの見物を決め込んでいた両端の『穴熊』に対し、信長は「海中の暗殺者」を放つことで、その安全圏を内側から食い破るつもりなのだ。
「直ちに三菱と川崎の技術者を呼び寄せ、出港準備を急がせよ! 海の底から、北と西の餓鬼どもに『戦の現実』を教えてやる!」
同時刻。九州・福岡。
西部方面隊の地下司令部で、黒田官兵衛は優雅に将棋の駒を磨いていた。
だが、そこに飛び込んできた通信兵の報告が、彼の計算を根底から狂わせた。
「閣下! 織田信長の中央軍が、関東への進軍を突如停止! ルートを日本海側へ変更し……京都の舞鶴基地を急襲、これを制圧した模様です!」
「……何だと?」
官兵衛の手から、磨いていた『香車』の駒が滑り落ち、床に転がった。
「馬鹿な。あのまま関東の泥沼で、飢餓者たちと無駄な消耗戦を演じるはず……なぜ、土壇場で罠に気づいた? しかも舞鶴だと……?」
官兵衛の天才的な頭脳が、瞬時に最悪のシミュレーションを弾き出す。
舞鶴にあるもの。それは、燃料をバカ食いする水上艦ではない。海中から一切の物流を遮断し、恐怖で支配する最強のステルス兵器。
「……潜水艦を、獲られたか」
官兵衛の額に、開戦以来初めての冷や汗が伝った。
北海道と九州という、絶対に安全だと思っていた自分たちの『穴熊』が、見えない海の底から照準を合わされている。
「……織田信長。やはり、ただの猛将ではないか。この日本列島という盤面全体を、俺と同じように俯瞰して見ている男がいるとはな」
官兵衛は、転がった駒を拾い上げ、ギリッと握りしめた。
「傍観の時間は終わったようだな。全軍に告げよ。海上の警戒を『レベル5』へ引き上げろ。対潜哨戒機(P-1)を飛ばし、関門海峡と玄界灘を死守せよ。令和の関ヶ原が……海から始まるぞ」




