EP 8
盤面の『穴熊』と、魔王の長考
箱根峠。
かつて交通の難所と呼ばれたこの険しい山頂から、織田信長は眼下に広がる広大な関東平野を見下ろしていた。
無数のハイラックス・テクニカル部隊がエンジン音を轟かせて待機する中、信長の隣に立つ徳川家康が、満足げに腹をさすった。
「殿。東京(足利)は完全に餓死し、神奈川(北条)は自慢のイージス艦が油切れで身動きが取れず、完全に沈黙しております。今、関東の広大な農地(埼玉・千葉・茨城)は文字通り『空き家』。我らで制圧し、兵糧の拠点とするが上策かと」
家康の言う通り、盤面は圧倒的に織田・徳川連合軍(愛知)に傾いているように見えた。
無敵の機動力と三菱重工の火力を以てすれば、残る関東の残党など鎧袖一触である。
だが。
信長は微動だにせず、ただじっと、手元の将棋盤を――いや、日本地図を睨みつけていた。
「……おかしい」
信長がぽつりと呟いた一言に、家康と、傍に控えていた輜重奉行の藤吉(木下)が顔を見合わせる。
「おかしいとは、何がでございますか?」
「静かすぎるのだ。盤面の『端』が」
信長は地図の最北端(北海道)と、最西端(九州)を指差した。
「天下の覇権を争う戦において、北の巨大な鉄の塊(第7師団の戦車群)と、西の豊かな土地が、ここまで一切のアクションを起こさない。これはいかがいう事だ? 奴らにも英傑が宿っておろうに」
「それは……我らの快進撃に恐れをなして、引きこもっておるのでは?」
藤吉が首を傾げる。
「莫迦を言え。それは三流の思考だ。……弥太郎!」
信長は、後方で通信網を管理している鬼又1佐を鋭く呼んだ。
「はっ!」
「我が軍が駿河を抜け、箱根に到達するまでの間、自衛隊の防衛ネットワークや衛星通信に、北と南からの『不可解な暗号通信』の形跡はなかったか?」
鬼又はタブレットを操作し、顔色を変えた。
「……! あります。微弱ですが、北海道の北部方面隊と、九州の西部方面隊の間で、高度に暗号化されたデータリンクのやり取りが、開戦直後から定期的に行われています!」
「……ッ!!」
家康のタヌキ顔から、一瞬にして余裕が消え去った。
「まさか……北の松前と、西の黒田官兵衛か……! 奴ら、結託しておるというのか!」
「そうだ」
信長はギリッと奥歯を噛み鳴らした。
「奴らの狙いは『消耗戦』だ。中央で我々が血みどろになって他県を制圧し、弾薬と油を撃ち尽くすのを待っている。将棋で言えば、絶対に崩れない『穴熊』の陣に玉将を隠し、こちらが盤面の中央で駒を食い合って疲弊したところを、両端の香車で挟み撃ちにする気だ」
信長は、関東平野を指差した。
「今、あそこ(関東)へなだれ込んで残党狩りを始めれば、それは兵糧と弾薬を無駄に浪費するだけの『地獄の泥仕合』となる。精神論だけで兵站を無視して突撃し、大敗を喫したインパール作戦のような愚行だ。我々は、檻の中で肉を奪い合うライオンやトラで、奴らは外からそれを眺めているヒグマというわけだ」
その完璧な比喩に、歴戦の自衛官である鬼又すら背筋に冷たい汗を流した。
もし信長の直感がなければ、愛知軍はまんまと官兵衛の罠にハマり、関東の泥沼でリソースを使い果たしていただろう。
「殿……では、関東への進軍は?」
家康が尋ねる。
「中止だ。これ以上、無駄な弾(9ミリパラベラムも、対戦車ミサイルも)は一発たりとも撃たん」
信長は、愛機であるハイラックスのボンネットに飛び乗り、全軍に向けて叫んだ。
「全車、踵を返せ! 目指すは日本海! 奴らの『穴熊』をぶち破るには、盤面そのものをひっくり返すしかない!」
信長の瞳には、狂気じみた光が宿っていた。
待ちの姿勢に入った北と西の「余裕」を粉砕する、常識外れの反撃の矢が放たれようとしていた。




