EP 7
北の『穴熊』と、西の天才軍師
吹雪が吹き荒れる津軽海峡。
本州と北海道を隔てるこの極寒の海の向こう側――函館の海岸線には、異様な光景が広がっていた。
陸上自衛隊が誇る第7師団。日本で唯一の「機甲師団」である彼らの主力兵器、90式戦車および10式戦車が、砲身を南(本州側)へ向け、ビッシリと防衛線を構築していたのだ。
さらには青函トンネルの入り口を完全に爆破・封鎖。彼らは本州へ攻め込む意思など微塵もなく、ただ徹底的な「絶対防衛のバリケード」を築き上げていた。
そんな殺伐とした前線から遠く離れた、札幌の道庁・特別室。
暖房が効いた快適な部屋の中で、蝦夷地を支配した大名・松前慶広は、優雅に箸を動かしていた。
「ほっほっほ。やはり冬のタラバガニは格別よのう。自衛隊の雪上車を使ってオホーツク海から直送させた甲斐があったわ」
グツグツと煮え立つ豪華なカニ鍋をつつきながら、松前は上機嫌で地酒をあおる。
「殿。本州では、尾張の織田信長が駿河を突破し、関東へ向けて血みどろの進軍を続けている模様。いかがなさいますか? 我が第7師団の圧倒的な戦車火力をもってすれば、東北を蹂躙することも可能ですが……」
迷彩服を着た北部方面総監が、直立不動で尋ねる。
「阿呆。なぜわざわざ、血に飢えた餓狼どもの檻へこちらから入ってやる必要がある」
松前はカニの殻を捨て、鼻で笑った。
「我ら北海道の食料自給率は200%を超えておる。石炭の備蓄も、広大な土地を活かした風力・太陽光の電力もある。本州の連中が限られた資源を巡って共食いし、餓死していくのを、こうして暖かい部屋で鍋でも食いながら眺めていればよいのだ」
将棋でいうところの『穴熊』。
玉将を盤面の端に隠し、絶対に崩れない鉄壁の防御を敷く最強の陣形。それを、この広大な北の大地そのもので体現していた。
「それに……本州の馬鹿どもを掃除する『役目』は、すでに適任者に任せてある」
松前が視線を向けた先。
部屋の壁に設置された大型モニターが起動し、通信衛星を経由した暗号化回線が繋がる。
そこに映し出されたのは、カニ鍋の湯気とは対極にある、底冷えするような暗い瞳を持った男だった。
九州全土を、開戦からわずか数日で無血平定した稀代の天才軍師。
黒田官兵衛である。
『……ご機嫌麗しゅう、松前殿。そちらの雪の城は、いまだ健在のようで何より』
「官兵衛殿。そちらの南の首尾はどうじゃ?」
『完了しております。九州内の自衛隊、および小倉の工業地帯の掌握はとうに終わりました。玄海原発と地熱発電により電力も安定。農業生産力も十分。我が九州もまた、独立国家として完全に盤石です』
画面越しの官兵衛は、まるで虫でも見るかのような冷たい目で、日本の立体地図を見下ろした。
『本州の連中は、滑稽な泥仕合に興じています。信長や家康がいかに現代兵器を使いこなし、局地戦で無双しようとも、大局を見ればただ自らの寿命(資源)を削り合っているに過ぎない』
官兵衛は、地図上の「本州」の部分を、杖の先でトントンと叩いた。
『彼らが血に塗れた泥仕合の果てに、最後の弾薬を撃ち尽くし、飢餓と疲労で立ち上がることもできなくなった時……我らが動く』
「ほっほっ! 北の機甲師団と、西の官兵衛殿の知略による、本州への『同時挟撃』か。実にえげつない!」
『戦とは、勝つべくして勝つもの。相手が勝手に死に絶えるのを待つことこそが、最上の兵法です。今はせいぜい、織田信長というピエロに、本州の掃除(殺し合い)を頑張ってもらいましょう』
西の天才軍師と、北の絶対防衛要塞。
織田信長の快進撃を「自分たちのための露払い」と嘲笑う、真の支配者たちの密約が交わされた。
一方その頃、そんな冷酷な罠が仕掛けられているとは露知らず、信長の率いるハイラックス機動隊は、箱根の山を越え、血と泥に塗れた関東平野へと足を踏み入れようとしていた――。




