EP 6
盤面の『桂馬』と、駿河の泥濘
「……織田信長め。小田原のイージス艦を無視して、この駿河(静岡)へ矛先を向けてきたか」
静岡県庁、県知事室。
かつて「海道一の弓取り」と謳われた名将・今川義元は、優雅に抹茶を啜りながら、ドローンが捉えた愛知軍の進軍映像を見つめていた。
「しかし、奴の『ハイラックス機動隊』の強みはすでに看破しておる。あれは機動力を持たせた『香車』や『角行』。直進する火力には滅法強いが、小回りは利かん」
義元は、手元の将棋盤の駒を一つ、パチンと打ち付けた。
「迎え撃つは、盤面の死角から強襲する『桂馬』よ。全軍、出撃せよ」
義元の号令とともに、富士駐屯地および浜松基地から、凄まじい排気音の群れが飛び出した。
陸上自衛隊の「偵察用オートバイ(カワサキ・KLX250)」、そして県内のホンダやヤマハの工場から徴発された無数のオフロードバイク部隊である。
ライダーたちは、警察の特殊部隊(SIT)などからかき集めた軽量な短機関銃(H&K MP5)を片手に構え、あるいは荷台に対戦車地雷を積んでいる。
燃費において四輪車を遥かに凌駕し、森の獣道すら時速60キロで駆け抜ける「令和の騎馬隊」。それが今川軍の切り札だった。
数時間後。静岡県境の山間部、国道1号線のバイパス。
愛知軍の先陣を切るハイラックス部隊が、不気味な静寂に包まれた峠道へ差し掛かった時だった。
「殿! 両翼の斜面から猛スピードで接近する熱源多数! は、速いッ!」
運転席の藤吉が叫ぶ。
「チッ、来やがったか!」
後部荷台に陣取る信長が舌打ちした瞬間、鬱蒼と茂る杉林の斜面から、文字通り「空を飛ぶ」ようにして無数のオフロードバイクが躍り出た。
『ヒャッハァァァ!! 今川様の御膝元で、四輪のデカブツがデカい顔してんじゃねえぞ!!』
バイク兵たちは、空中にジャンプした状態からH&K MP5の9ミリパラベラム弾を乱射。ハイラックスの防弾ガラスにヒビが入り、車体が大きく揺れる。
「応戦しろ! M2重機関銃で弾幕を張れ!」
鬼又1佐の怒号が飛び、ハイラックスの銃座から猛烈な反撃が始まる。
しかし、相手は二輪だ。横幅が狭く、変態的なまでの旋回性能を持つオフロードバイクは、重機関銃の射線を嘲笑うかのように蛇行し、ハイラックスの死角(真横や後方)へ回り込んでくる。
「くそっ、砲塔の旋回が追いつきません! まるでハエの大群だ!」
「殿! このままではすれ違いざまにタイヤを撃ち抜かれ、足を止められます!」
焦る藤吉と鬼又。
機動力で戦車を狩ってきた愛知軍が、今度は「さらに高い機動力」によって狩られる側へ回ってしまったのだ。
だが、信長の隣の助手席で、タヌキ親父――徳川家康は腹を抱えて笑っていた。
「くくく……義元の考えそうなことよ。己の領地の『足』を過信しておる。藤吉! 予定通り、この先の『富士川の河川敷』へ全車突っ込め!」
「了解ッス! しっかり掴まっててくださいよ!」
ハイラックス部隊は舗装された国道を急ブレーキで外れ、ガードレールをぶち破って、富士川の広大な河川敷へとダイブした。
「逃がすか! 追えェ!!」
勢いづいた今川の二輪部隊も、後を追って次々と河川敷の土手へ飛び込んでいく。
しかし、地面に着地した瞬間、今川のバイク兵たちは己の致命的なミスに気づいた。
「なっ……!? タイヤが、沈む……ッ!?」
「泥だ! 先日の雨で、河川敷が底なしの沼みたいになってやがる!」
二輪のオフロードバイクは、固い未舗装路には強いが、深くぬかるんだ「重馬場」の泥濘では、自重を支えきれずにタイヤが空転し、次々と横転していく。
「馬鹿め。わしは昔、この駿河で長年人質をやっておったんじゃ。水捌けの悪い土地など、庭の裏のごとく把握しておるわ」
家康がニヤリと笑う。
その隣で、泥沼にタイヤを半分沈めながらも、トヨタが誇る強靭な四輪駆動(4WD)のトルクでゴリゴリと泥を掻き分け、前進を続けるハイラックス。
二輪と四輪。
晴れた山道では二輪に分があるが、悪条件の泥沼では四輪の圧倒的な「接地面積とパワー」が勝る。これもまた、紛れもない物理と兵站の現実だった。
「さて、盤面(足場)を奪われた『桂馬』は、ただの的だ」
信長はゆっくりと立ち上がり、泥に足を取られて身動きが取れなくなった今川のバイク部隊へ向けて、冷酷な死の宣告を下した。
「一匹残らず、ミンチにしろ」
河川敷に、一方的な重機関銃の掃射音が鳴り響く。
静岡の誇る二輪部隊を泥濘で壊滅させた愛知軍の前に、今川義元の本陣は丸裸となった。




