EP 5
沈黙のイージス艦と、小田原の「鉄の棺桶」
「殿! 神奈川県(相模)の北条軍に動きあり! 横須賀基地のイージス護衛艦がレーダーを起動、出港の準備を進めている模様です!」
愛知県庁の作戦本部。
ドローンと残存する偵察衛星の映像を確認した鬼又1佐が、血相を変えて報告に駆け込んできた。
映像には、海上自衛隊が誇る巨大な防空艦の姿が映し出されている。
数100キロ先の目標すら探知する高性能フェーズドアレイレーダーと、飛来するミサイルを全弾撃ち落とす防空システム。さらに地上への艦砲射撃も可能な、現代戦における「海のバケモノ」である。
「東京が崩壊した今、北条は関東の覇権を握りました。イージス艦を太平洋側から回り込ませ、我が愛知のコンビナートや工場群へ巡航ミサイルを撃ち込まれれば、ひとたまりもありません! 直ちに小牧基地のF-2戦闘機隊を出撃させ、対艦ミサイルで先制攻撃を――」
鬼又が早口で作戦を具申するが、信長は退屈そうに欠伸を噛み殺した。
「却下だ。そんな無駄なことに、貴重な航空燃料とミサイルを使うな」
「し、しかし殿! イージス艦が近づいてくれば……!」
焦る鬼又の肩を、三河のタヌキ親父こと徳川家康が、ポンと優しく叩いた。
「1佐殿。慌てるでない。あの『イージス』とやらを動かしている心臓は、ガスタービンエンジン……つまり、飛行機のジェットエンジンと同じものを積んでおるのじゃろう?」
「は、はい。凄まじい推進力と電力を生み出しますが……」
「ならば案ずることはない。放っておけ」
家康は意地悪く目を細め、信長もまた、将棋盤の『飛車』の駒を指で弾き飛ばして冷酷に笑った。
「弥太郎、貴様は算術もできんのか。神奈川(相模)には、油田も大規模な製油所もない。備蓄燃料だけであのバカでかい鉄の塊を動かし、さらにあの莫大な電力を食うレーダーを回し続ければどうなる?」
「あっ……!」
鬼又は、信長の言葉にハッとして息を飲んだ。
「イージス艦は停泊してシステムを起動しているだけでも、文字通り『滝のように』油を飲み込む金食い虫だ。そんなものを動かして、わざわざ我が尾張まで遠征してくる? 笑わせるな。途中で油が尽きて、太平洋のど真ん中で漂流するのがオチだ」
信長は、モニターに映る巨大な軍艦を鼻で笑った。
「北条の小田原評定は相変わらずだな。己の身の丈(兵站)を理解しておらん。あれは最強の盾ではない。海に浮かぶ『巨大な鉄の棺桶』だ」
信長の言う通りだった。
横須賀基地では、イージス艦の艦長たちが北条家の上層部に猛抗議を行っていた。
『出港など不可能です! このままでは帰りの燃料が持ちません!』と。しかし、強力な兵器を過信した北条はそれを理解できず、無謀な命令を下し続けていた。
「一ヶ月もすれば、北条の兵どもは油切れで動かなくなった艦の甲板から、釣り糸を垂らして魚を釣って飢えを凌ぐことになるだろう。一切構うな。放置して、自滅を待て」
戦わずして、最強の敵を盤面から消し去る。
鬼又は、この底知れぬ合理主義を前に、ただただ平伏するしかなかった。
「海(神奈川)の脅威が消えたとなれば、我らが向かうべきは『東の陸路』のみ」
信長は作戦地図の上に、ドサリと一枚のカタログを放り投げた。
それは、トヨタの車ではなく、本田技研工業、ヤマハ発動機、スズキの『オフロードバイク』のパンフレットだった。
「藤吉を呼べ! 次の狙いは駿河(静岡県)だ。ハイラックスよりもさらに燃費が良く、山林の獣道を疾走できる『二輪の騎馬隊』を編成する! 静岡の工場群を制圧し、最強の偵察・奇襲部隊を作るぞ!」
「ははっ! 今川義元の首、再びこの信長様が獲ってご覧に入れましょう!」
家康もまた、かつて己を人質にしていた今川家への雪辱に、腹の底から笑い声を上げた。
東海道の覇権を懸けた、二輪の狂騒曲が始まろうとしていた――。




