EP 2
世界のトヨタと、令和の「輜重兵」
愛知県豊田市――トヨタ自動車本社工場。
普段は厳重なセキュリティで守られているこの巨大な産業の心臓部に、迷彩塗装の自衛隊高機動車が砂埃を上げて滑り込んだ。
降り立ったのは、迷彩服の上に無造作に陣羽織を引っ掛けた織田信長と、それに付き従う陸自1佐・鬼又弥太郎である。
「おお……なんと巨大な城か。これが現代の『鍛冶場』か」
信長は、地平線の彼方まで続くかのような広大な工場群を見渡し、満足げに頷いた。
彼らを待ち受けていたのは、トヨタ自動車の社長以下、最高幹部たちだ。彼らもまた、県民として「殿様への絶対忠誠」の記憶を共有しており、深々と頭を下げて出迎えた。
「ははっ! 殿、お待ちしておりました。我がトヨタの技術の粋を集めた、次世代型AI搭載装甲車の設計図を――」
社長が意気揚々とタブレット端末を差し出そうとした瞬間、信長はそれを冷たく手で制した。
「不要だ。そんな電子の玩具を作っている余裕はない」
「え……?」
信長の言葉に、トヨタの幹部たちは呆然とした。鬼又1佐も冷や汗を流す。
「殿、しかし現代戦において情報処理能力と装甲は必須です。三菱重工の戦車とトヨタのAI技術を組み合わせれば――」
鬼又が口を挟むが、信長は鋭い眼光で彼を射抜いた。
「弥太郎。貴様はまだ分かっておらんな。電子機器の塊など、電磁パルス(EMP)や通信妨害を食らえば一瞬でただの鉄屑になる。それに、部品の輸入が止まっている今、複雑な兵器は一度壊れれば『修理不可能』だ。稼働率の低い名馬など、戦場では駄馬以下の粗大ゴミにすぎん」
信長の圧倒的な論理の前に、誰も反論できない。
しんと静まり返った幹部たちの中で、信長は工場の隅に置かれていた一台の無骨な車両に目を留めた。
「……あれは、何だ?」
信長が指さした先には、泥にまみれ、塗装も剥げかけた無骨な四輪駆動の荷車――ピックアップトラックがあった。
「はっ、あれは『ハイラックス』という車種でございます。海外の過酷な環境でのテストを終え、持ち帰ったサンプルでして……」
幹部の一人が恐縮しながら答える。
その時だった。幹部たちの後ろから、作業着を油で汚した小柄な若者が、ずいと前に出た。
「殿! お目が高い! そいつは世界一頑丈な鉄の馬です!!」
「こら、藤吉! 殿の御前であるぞ!」
上司が慌てて若者を止めようとするが、信長は「構わん、続けよ」と面白そうに顎をしゃくった。
藤吉と呼ばれたその若手テストドライバー兼エンジニアは、目を輝かせて語り始めた。
「ハイラックスは、エンジンに水が入ろうが、横転しようが、ビルが倒れてこようが走ります。中東の砂漠やアフリカの泥濘でも、現地の人間がその辺の工具で修理して乗り回している『化け物』です。電子制御も最低限だから、ぶっ壊れにくい。燃費も戦車とは比較にならないほど良い!」
「ほう……」信長の目が、猛禽類のように細められた。
「それに殿! ここだけの話、中東の紛争地帯じゃ、こいつの荷台に重機関銃や対空砲を溶接して『テクニカル(武装ピックアップ)』として運用してます。正規軍の戦車部隊を、こいつの機動力と数の暴力でボコボコにした歴史もあるんです!」
「貴様、名は?」
「生産技術部の、木下藤吉郎……もとい、木下藤吉ッス!」
信長は、クックックと肩を揺らして笑い出した。
やがてその笑い声は大爆笑へと変わり、工場に響き渡った。
「素晴らしい! 燃費が良く、壊れず、誰でも直せて、悪路を走る! まさに令和の『軍馬』よ! トヨタの長よ、聞ええたか!」
「は、ははっ!」
「今この瞬間より、高級車やハイテクカーの生産ラインは全てストップさせよ。県内の全リソースを注ぎ込み、この『ハイラックス』と『ランドクルーザー』を異常増産しろ! 色などどうでもいい、防弾鉄板と自衛隊の機関銃を取り付ける台座だけを溶接して出荷しろ!」
それは、現代の自動車産業の常識を完全に無視した、狂気の沙汰とも言える命令だった。
しかし、信長の目には明確な「勝利の盤面」が見えていた。
「藤吉! 貴様を今日から我が軍の『輜重総奉行』および『機動部隊・開発隊長』に命ずる。自衛隊の兵器庫から機関銃と対戦車ミサイル(LAM)をかき集め、この鉄の馬にありったけ積め!」
「マジっすか!? やったああっ! トヨタの『カンバン方式』の真髄、見せてやりますよ!」
藤吉は歓喜の声を上げ、その場で飛び上がった。
鬼又は、この異常な光景に目眩すら覚えていた。
(最新鋭の10式戦車やF-35戦闘機があるというのに、わざわざ民間のトラックに毛が生えたような車を主力にするだと……? 正気か?)
だが、数日後。
鬼又は己の浅はかさを、戦慄と共に思い知ることになる。
愛知県の誇る圧倒的な工業力――トヨタの「ジャスト・イン・タイム」方式と、三菱重工の兵器技術が、信長の無茶苦茶な号令のもとで悪魔的な融合を果たしたのだ。
わずか一週間。
名古屋城の広場に整列したのは、艶消し黒に塗られ、荷台に重機関銃や01式軽対戦車誘導弾を搭載した、数百台に及ぶ「ハイラックス・テクニカル部隊」だった。
「これより、伊勢(三重県)への侵攻を開始する」
荷台に仁王立ちした信長が、刀を抜き放ち、南西の空――四日市コンビナートの方向を指し示した。
「標的は敵の戦車ではない。四日市の『油』だ。山を越え、谷を駆け抜け、敵の背後を食い破れ!」
エンジン音の咆哮が、尾張の空を震わせた。
令和の戦国乱世、最初の電撃戦が今、幕を開けようとしていた。




