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EP 2

謀神の蜘蛛の糸と、マツダの『三矢みつや

深夜。山口県と広島県を跨ぐ、中国山地の深く険しい森の中。

音も光も無い漆黒の闇を、数つの黒い影が滑るように移動していた。

黒田官兵衛が九州から放った、第一空挺団OBで構成された特殊工作部隊である。

彼らは最新鋭の暗視装置ナイトビジョンを装備し、手には減音器サプレッサー付きのH&K MP5短機関銃を構え、一切の足音を立てずに獣道を進撃していた。

「……ポイントアルファを通過。これより広島県内の主要変電所、および通信ケーブルの物理切断サボタージュフェーズに移行する」

部隊長が無線で低く囁く。

彼らの目的は、毛利のインフラを破壊し、九州軍が本州へ進軍するための『死のデスロード』の罠を機能不全に陥らせることだった。

山中の行軍は過酷を極めたが、彼らはプロ中のプロだ。誰一人として毛利軍の哨戒網に引っかかることなく、見事に中枢部まで潜入した――はずだった。

「……隊長。おかしいです」

最後尾の隊員が、微かな震え声を上げた。

「どうした?」

「静か……すぎます。いくら深夜とはいえ、山中には野生動物の気配や虫の音があるはずです。ですが、ここ1キロほど、鳥一羽鳴いていません。まるで……我々以外の『何か』が、息を潜めてこの森を埋め尽くしているような……ッ!」

その言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。

『キュィィィィン……!!』

突如、四方の暗闇から、モーター音にも似た「甲高く異質なエンジン音」が響き渡った。

「なっ!? 敵襲! 円陣を組め!」

隊長が叫んだ直後、暗視装置越しの視界に信じられない光景が飛び込んできた。

木々の間、斜度40度はあろうかという急斜面を、小型の四輪バギーが「壁を這う蜘蛛」のように滑り降りてきたのだ。

「馬鹿な! トヨタのハイラックスでも、こんな道なき山の斜面は走れないぞ!」

隊員たちが銃口を向けるが、バギーの動きは異常に軽快で、かつ静かだった。

搭載されているのは、広島が世界に誇る自動車メーカー「マツダ」の代名詞――**『ロータリーエンジン』**である。

ピストン運動ではなく、おむすび型のローターを回転させて動力を生み出すこのエンジンは、極めて小型・軽量でありながら高出力を誇る。

毛利元就は、マツダの工場をフル稼働させ、装甲を限界まで削ぎ落とした「超軽量・高機動の山岳用バギー部隊」を編成していたのだ。

「撃て! 撃てェッ!」

サプレッサー越しの銃弾が放たれるが、木々の間を立体機動で飛び回るロータリーバギーには全く当たらない。

プシュッ!

代わりに、バギーから放たれた非致死性のネット弾とスタングレネード(閃光音響手榴弾)が、官兵衛の精鋭たちを瞬く間に無力化し、地面に這いつくばらせた。

「……見事な潜入であった。さすがは官兵衛殿の飼い犬じゃ」

暗闇の奥から、静かな、しかし芯のある枯れた声が響いた。

無数のレーザーサイトの赤い光点を胸に浴びた隊長が、悔しげに顔を上げる。

そこには、陸上自衛隊・第13旅団の迷彩服を羽織った初老の男――中国地方の覇者にして謀神、毛利元就が、海上自衛隊(呉基地)の特殊部隊員たちを従えて立っていた。

「毛利……元就……! 最初から、我々がここを通ることを読んでいたのか!?」

「当たり前よ。織田信長が海中(潜水艦)からわざわざ弾薬と食料を貢いできた時点で、わしが『九州を封じ込める番犬』に指名されたことなど百も承知。官兵衛殿が力押しを諦め、ネズミ(工作員)を放ってくることなど、盤面を見れば火を見るより明らかじゃ」

元就は、縛り上げられた隊長を見下ろし、優しく微笑んだ。

「さて、九州のネズミどもよ。選択肢を二つやろう。一つ、ここで全員、山の肥やしとなるか」

隊員たちが息を呑む。

「二つ。お主らが持っているその『ハッキング用ウィルス』を、わしが用意した『別のデータ』に書き換え、愛知(信長)の通信網へ潜入してばら撒いてこい」

「……な、なんだと!?」

隊長は耳を疑った。毛利は、信長からの物資援助を受けている「同盟国(番犬)」のはずだ。

「わしは番犬などになるつもりはない。現代の『三矢の教え』を教えてやろう。第一の矢は【地形デスロード】、第二の矢は【技術(マツダの機動力)】……そして第三の矢こそが、【情報(二重スパイ)】よ」

元就は、一枚のマイクロSDカードを隊長の鼻先に突きつけた。

「この中には、信長と官兵衛、両者を同士討ちさせるための『極上の偽情報(猛毒)』が詰まっておる。お主らは官兵衛殿には『毛利のインフラ破壊に成功した』と虚偽の報告をしつつ、信長の喉元にこの毒を撃ち込め。さすれば、命だけは助けてやろう」

「貴様……信長と官兵衛、両方の首を同時に獲るつもりか……! 化け物め……!」

「ほっほっほ。戦とは、盤面を血で汚した者が負けなのじゃ。わしは中国山地から一歩も出ず、この狭い檻の中から、天下をいただくとしよう」

月明かりの下、ロータリーエンジンの不気味な排気音が、謀神の嗤い声と混ざり合って山奥にこだましていた。

信長の用意した盤面は、毛利という猛毒によって、静かに、そして確実に腐り始めていた。

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