第二章 それぞれの天才達
西の『檻』と、天才軍師の非対称戦
「……見事だ、織田信長。そして徳川家康。盤面全体を俯瞰しているのは、俺や松前だけではなかったというわけか」
福岡市、西部方面隊・地下司令部。
九州全土を無血で掌握した天才軍師・黒田官兵衛は、大型モニターに映し出された日本地図を見上げ、歪な笑みを浮かべていた。
「閣下、笑い事ではありません! 日本海側で川崎重工と三菱重工の最新鋭潜水艦が奪取されたということは、我が九州の生命線である海上輸送ルートが、常に『見えない魚雷』の脅威に晒されるということです!」
幕僚の一人が、青ざめた顔で叫ぶ。
九州は食料もエネルギー(地熱や玄海原発)も自給可能だが、それはあくまで「島内」での話。他県を制圧するために海を渡ろうとすれば、関門海峡や玄界灘、さらには佐賀の伊万里湾といった重要港湾から出港した瞬間に、海の底から撃沈されるリスクを抱え込んでしまったのだ。
「さらに最悪な報告があります。信長は奪った潜水艦を利用し、中国地方の毛利元就へ『大量の武器弾薬と備蓄食料』を荷揚げしている模様。奴ら、毛利を我が軍への『番犬』にするつもりです!」
その報告を聞き、司令部は絶望的な静寂に包まれた。
「……将棋において『穴熊』は絶対に崩れない最強の防御陣形だ。だが、相手がこちらを攻めず、外から『鍵』をかけてしまえば……そこはただの暗く狭い『檻』、あるいは『墓標』へと変わる」
官兵衛は手元のタブレットを操作し、中国地方の立体地形図を表示させた。
「見ろ。我々が陸路で本州の中央(愛知)へ向かうには、必ずこの中国山地を抜けねばならん。だが、ここは謀神・毛利元就の庭だ。道幅の狭い山陽道や中国自動車道に、呉基地の自衛隊が対戦車地雷を敷き詰め、山肌からゲリラ部隊が地の利を得て襲い掛かってくる」
官兵衛の脳裏には、その『デスロード(死の道)』を進む自軍の悲惨な末路がはっきりと見えていた。
「正面から第4師団や第8師団の装甲車を突っ込ませれば、一ヶ月も持たずに全滅する。虎やライオンがどれほど強かろうと、地の利を得た毒蛇(毛利)の群れが潜む泥沼に足を踏み入れれば、骨も残らん」
「で、では我々はどうすれば……! このまま九州という檻の中で、信長が本州を平定し、圧倒的な物量で攻めてくるのを待つしかないのですか!?」
パチン、と。
官兵衛が指を鳴らす音が、地下室に響いた。
「物理的な『駒(兵器)』を動かせないのなら、見えない駒を動かせばよい。それだけの話だ」
官兵衛の瞳に、冷酷なハッカーのような光が宿る。
「第一空挺団のOBや特殊作戦群の残党をかき集めろ。装備は西側諸国の特殊部隊が愛用するH&K社製の短機関銃(MP5やMP7)と、消音狙撃銃に限定。彼らを数名単位のセル(細胞)に分け、闇夜に紛れて関門海峡を越えさせろ」
「特務部隊を潜入させるのですか? しかし、毛利の防衛網は強固です」
「抜ける必要はない。関門海峡の向こう側……山口県や広島県の通信インフラ、変電所、そして水道施設に『バックドア(物理的・電子的な裏口)』を仕掛けるだけでいい」
官兵衛は、将棋盤の駒をすべて払い落とし、代わりに一枚のマイクロSDカードを盤の中央に置いた。
「信長は毛利という『狂犬』に餌を与えて我々を封じ込めたつもりだろうが……その狂犬の首輪を内側からハッキングしてしまえば、毛利の牙は誰に向くかな?」
物理的な火力を競う「第一世代の戦国」は終わった。
九州という巨大な要塞に引きこもった天才軍師は、サイバー戦、工作員による破壊工作、そして偽情報の流布という「現代の非対称戦(情報戦)」へと、その恐るべき手腕をシフトさせたのである。
「さあ、謀神・毛利元就よ。そして第六天魔王よ。弾薬も燃料も使わずに国を滅ぼす、極上の『毒』を味わわせてやろう」
暗い地下深くで、西の化け物が静かに嗤った。




