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オトギリソウの軟膏

 私はその時、いつものようにジャックの手伝いをしていた。私のリクエストで、春に植えたオレンジの木の手入れだ。今年は花を1輪だけ付け、実もそのひとつを付けていたので、大切に育てているところだった。マーサが走って私を呼びに来て、宮殿の庭にある東屋に行くように言われた。マーサはお茶の準備で後から来るらしい。一人で行きたくない。しかし待たせるのはもっと怖い。

 大急ぎで走って行けば、椅子に座ることなく、東屋の柱に身を預け気だるげにまっていた。

「初めまして、アストラガルスがまいりました。」

 息が上がっていたが、整える暇なく目の前に躍り出る形になった。手が震え、目の前の視界がぐるぐる回っているのが分かる。頭を下げたまま目線は合わせない。頭をあげるよう言われてから上げねばならないからだ。そういう作法は『太陽の書』やら、マーサから聞いて知っていたので、ぶっつけではあるが不作法ではないはずだ。

「なってないな。」

 冷たい声が降ってきた。

 その声に私の体はますます震え出した。しかし体勢はそのままで待っていた。しかしいつまでも声がかかることはなかった。背中が痛くなってきたころ、マーサがお茶の乗ったカートを持って来た。

「国王陛下お茶の準備ができました。姫様を席にご案内してもよろしいですか?」

 いつも通りの快闊なマーサに、王はああ、とだけ短く答えた。

「さあ、ストラ姫こちらに座ってください。」

「うん。」

 顔をあげて、勧められた席に着いたが、王は座らず、相変わらずの体勢だった。私は席についても下を向いたまま、なるべく小さくなっていた。マーサのお茶の準備の音を聞きながら、持って来ていた植物図鑑を握りしめていた。表紙の作者たちの名前を指でなぞって、落ち着こうとしていた。

 お茶の準備ができても、王は座る気配がなく、私はマーサに勧められたまま、お茶に口をつけた。お菓子もあったがとても手を伸ばせなかった。今お菓子が喉を通るとは思えない。

「オトギリソウ。」

「?」

 お茶を飲み干し、また図鑑を指でなぞっていた時、唐突に王が言った。

「オトギリソウについて、その本に書いてあったのか?」

 私は顔をあげられず、図鑑の表紙を見ながら何と答えようか考えていた。ティに教えてもらったのだが、そんなこと言えるわけがなかった。

「この本じゃなくて、他の本とか、人に聞いたりとかです。」

「おい、こっちを向け。」

 私は顔を渋々上げた。感情の無い目がこちらを見ていて、鼓動が早くなった。日中はまだ日差しが強い。それではない冷たい汗が、ぽたりと太ももに落ちたのを感じた。

「・・・。」

 目が合ったので慌てて逸らして、マーサが入れなおしてくれたお茶を手に取った。カタン、と何かがテーブルに置かれたので、視線をそちらに向けた。いつかの缶だ。軽い音から中身は空っぽだろう。

「これのおかげで命の助かったものがいる。お前には褒美をやる。」

「・・・?」

 これっぽちの軟膏で、命など助かるわけがない。どういうことだ?

「何が良い?」

 テーブルの上の王の影が動いた。カップの隣に手が置かれていた。近い。どうしよう。何か要求したほうが無難なのか、何もいらないと言った方がベターなのか。ちっとも感情が読めないので、どう言ったら機嫌が取れるのかわからない。

「そんな小っちゃい軟膏で、人の命なんて助からない、と、思うので、すが?」

「私の言葉を疑うか。」

「えっと、そうじゃない、ですけど。じゃあ、新しい軟膏を下さい。」

 沈黙をはさみながら、王との会話は神経を使う。

「そんなものでいいのか?」

「はい。そして、その軟膏を、その、命が助かった人に、あげてください。」

 また不自然な沈黙が落ちた。

「数百人いる。じゃあそいつらに軟膏でも配るか。」

 数百人?何があったのだろう。全く思いもよらない。

「他は?」

 他とは。今の要求ではだめだったのか?何があったのかは分からないが、けが人がいることは明白だ。

「えっと、怪我した人が助かったのならそれでいいので。」

「それでは褒美にならない。」

 何といえばいいのよ。あ、じゃあこれはどうだ?

「シャクヤクの、苗はいけませんか?」

「シャクヤク?」

「きれいな花ですよ。それでシャクヤクの根を掘り返して蒸してから乾燥させて煎じて飲むと、鎮痛作用があるの。庭に植えとくといざってときに使えるから・・・です。」

 しかし私の宮殿では見たことがない。図鑑でしか見たことない植物なんて興味しかない。

「そうか、届けさせよう。」

 やった、見たことないのよね。

「ありがとうございます。」

 その日来たのが最後で、もう来ないだろうと、気まぐれだと思っていた。その日から月に一度、私の宮に足を運ぶようになるとは、この時の私は思ってもみなかった。


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