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episode3.スターリリーを胸に

 朝晩の風が涼しく感じられるようになった。残暑とはいえ夏日の範囲に留まり、過ごしやすくなっている。衣替えをしては長袖を羽織ることも増えた。

 どうやら鈴虫が夜の番人に任命されたらしい。たのしかった夏休みはもうすぐ終わってしまう。


 今年の夏休みは僕史上一番充実したものだった。紛れもないドンたちのおかげさまだけれど、彼らと知り合うまでの僕は映画を吟味し見尽くす日々を過ごしていたのだ。のに、今僕の腕は焼いたパンのように焦がれたいい色をしている。

 なかでも印象深いのはやはりあの大冒険だろう。波瀾に満ちたあの日は僕の忘れられない大切な一頁として胸に刻まれている。ドンを介して新入りのジョジョと知り合い、彼の勇敢な行動のおかげでドンたちとの絆はさらに深まった。それに新たな環境に触れ視野が広がったことでおじいちゃんとの距離も縮まったのだ。

 しかしなぜあのときドンは僕をおじいちゃん家に連れて行ったのか。おじいちゃんとドンが知り合いだったことには今でも驚いているけれど腑に落ちなかった僕はあのあとドンに尋ねてみた。どうしてあの日おじいちゃんに会わせたのか。責めているわけじゃない。僕はドンの行動に感謝しているのだ。が、それとこれとはまた別の話で気になるものは気になる。僕がおじいちゃんに対して苦手意識をもっていたことは知らなかったはずだし、ましてや関係がぎくしゃくしていたなんて知りようがないはずだから。

 ドンは言った。「家族は大切にしたほうがいい」と。そして「過ごせる時間は限られている」とも。ドンの口から発せられたその言葉は重みがあって僕の胸のずっと奥の方にすうっと吸い込まれていった。その通りだと思ったからだ。僕のおじいちゃんは健康的で記憶力や判断力、足腰もしっかりしているがそれらの機能がいつ低下してしまうかは誰にもわからない。前触れなく明日訪れるかもしれないし、数年後かもしれない。老いは誰しも平等にやってくるもの。何事にも順序がある。とはいえ、いくら体が丈夫とて自然の脅威には敵わない。そのことはあの森で身をもって学んだ。幸いにもここ数年大規模な災害は起こっていない。だからこそ、今後いつ起こってもおかしくないのだ。

 命は槿花(きんか)の露の如し――人の一生はあまりにも短い。脆く儚い、尊いもので、だからこそ一日一日を大切に過ごさなければならぬのだと教えられた。

 夢想家気質な僕は未来を描きがちである。どうしても曇天のような現実から逃避してしまう。けれども()()()()()()ことの大切さをドンたちの背中から学んだ。僕が眩しさに目を背けてきたその鮮やかな世界が案外悪くないってことも。

 友達もおらず引きこもりがちだった僕は映画などから得られる知識がすべてでそれを基準に判断していたけれど、これからは自分の目で確かめることも大事にしていきたい。自分自身の耳を傾け、手で触れたものにさらなる価値が付与されることを知ったから。


 とはいえ、ドンが語ってくれたおじいちゃんとの出会い話はおじいちゃんから聞いたものとは異なった内容だった。ドンが言ったように照れくさかったのだろう。それでも僕はこの話を聞けてよかったと思う。おじいちゃんがあの石庭に迷い込み衰弱していたドンを助けた話を。それに昔のドンがそれこそ首領(ドン)の如く荒れていてカラス界では名を馳せていた話も。そんなおじいちゃんに憧憬の念を抱き、今のような姿(さま)に改心したという話も含めて。やはり人情深く、心優しいひとなのだと再認識できたから。そんなおじいちゃんのことがもっと好きになれたから。

 だが、スナック菓子の一件だと思っていた僕たちの出会いはずっと前だったようだ。僕がドンのことを知っていたようにドンもおじいちゃんから孫の話として聞いていたらしい。どれも僕を思うがゆえのもので面映ゆい気持ちになったけれど。

 ドンのなかで話に聞いていた()()が一致したのはやはりあの一件だったようだけれど確信があったようで。どうやら僕とおじいちゃんは笑ったときの目元が似ているのだという。僕にはまだ柔らかな印象を与える皺は刻まれていないだろうし、これではドンと同じだが、おじいちゃんのように素敵な歳の重ね方ができたらいいなと思う。


 青へ贈る蝉の合唱。森の轟き。驟雨(しゅうう)のあとの煌めき。肌に張りつく洋服の不快感。反射するネオン。夜風が纏う笹の葉の香り。満天の星空。心地よい疲労感。

 そんな僕にとってかけがえのない一日に耽っていると後藤君たちにばったり出くわしたことを思い出した。町には祭りの余韻が漂っていて、僕の家までほんの五〇メートルくらいのところ。ぽつりと佇む街路灯の明かりが僕たちと後藤君を照らしていた。ひっそりと僕らの行く末を窺うように。

「やい、お前!」

 聞き覚えのある声に足を止める。ひそひそ声がノイズのように僕の耳で蔓延る。それでも僕は逃げなかった。今までの僕ならこの状況に戸惑い、一目散に駆け出していたことだろう。汗と雨をたっぷりと吸い込み色褪せた帽子を被り直す。もう顔を隠す必要はないと思ったのだ。びくびくと臆しているからこうして下に見られる。僕にも非はあったのだと気づけたから。

「カラス連れてんの? え、なんで? おもしれー」

「おもしろくなんてないよ、大切な友達なんだ。あ、後藤君たちも花火見た? 綺麗だったよね」

 僕たちが見たのは打ち上げ花火ではなかったけれど、あれは僕たちだけに用意された特別な花火大会だった。

「はあ? お前もあの人混みのなか行ったのかよ」

「ううん、人混みには行ってないよ。ああいうところは苦手なんだ。僕も、彼らも」

 じゃあまた学校で――ぽかんと情けなく口を開け、突っ立ったままの彼らに手を振り背を向ける。これ以上話すことはない、と足を速める。がんばったと思う。あのおしゃべりな彼らが珍しく饒舌な僕に驚き、一言二言しか言葉を発せられなかったくらいには。

 堂々としていればいい。なにも悪いことはしていないのだから。それに話してみれば彼らも悪いひとたちではないかもしれない。意外な共通点が見つかったりしては仲良くなれるかもしれない。そう考えれば夏休み明けの学校が少しだけ楽しみに思える。どっちに転んだとしてもきっかけにはなったはずだから。



 なんだか長い夢でも見ていたみたいだ。開け放っていた窓から秋声が吹き抜け、勉強机の上に開いてあったノートをパラパラと捲っては閉じる。まるで幾頁にも描いたドンたちが飛んでいるように見えたそれに思わず頬を緩める。

 運ばれてきた秋の香が僕の部屋に満ちていく。微かに残る夏の匂いと空に浮かぶ夏の雲が日に日に秋色に染まっていく。葉の先が紅化粧を施すように少しずつ。

 僕の腕にはくっきりと鉛筆の跡がついていた。とても深い眠りだった気がする。なんせ僕はドンたちとともに縁日に出かけていたのだ。ブライアンに協力してもらい挑戦してみた射的では見事スナック菓子を獲得した。ドンが提案した金魚すくいではジョーやエースがくちばしで器用に金魚を掬い咥え逃走し、ちょっとした騒動となって大変だった。普段ならば絶対に買わない唐揚げやポテト、ジョジョが目を輝かせ見ていた綿菓子も奮発して購入した。そのあと河川敷へと移動した僕たちは仲睦まじく輪になり、夏ならではの夜を満喫した。けれど僕は自分の部屋にいてドンたちの姿はない。なんとも不思議な気分だ。


 配られたときよりも厚みを増したノートを両手で掲げる。先生も同級生も僕の絵空事だと笑うだろう。が、そんなことはどうでもいい。

 これは僕だけが知っている()()()だ。

 僕の、僕とドンたちのひと夏が詰まった夏休み絵日記サマーバケーションダイアリーだ。

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