episode2-2.アルタイルに焦がれて
焦がれたゲームセンターに足を踏み入れる。店内は照明が少なく薄暗かった。レトロなゲーム機には埃が被り、そのやや廃れた明かりが足場を照らしている。老朽化が進んでいるのだろう。歩くたび床板が苦しげに声をあげるのだ。
僕は気が気でないというのに君たちといったら本当に自由で、その僕にない発想と行動力が眩しいや。
『これはなんだァ』
「リズムゲームだよ。音楽に合わせて光るタイルを踏んだりするの」
『へえ、おもしろそうじゃん。やろうよ』
『せっかくだ、勝負しようぜェ』
「え、本気で言ってる?」
アーケードゲームをひと通り説明し、彼らがお気に召したのはリズムゲームだった。そもそも彼らの一キログラムにも満たない体重で反応するのか怪しいが、すでにやる気満々なエースたちにそんなことを言うのは無粋な真似だろう。
手始めに見本を、とせがまれた僕の肩にブライアンが乗ってくる。
「君から来てくれるなんて珍しいね」
『オレアだけでは不利だと思った。指示は出してやるからあとは頑張れ』
「それは心強いや。ありがとう」
ぶっきらぼうな言い方だけれどブライアンなりの不器用な優しさ。たしかにジョーとエースのコンビはなにをやらせてもそつなくこなしてしまうことが多い。なにより二羽の相性が抜群なのだ。そんな厄介な彼らを相手にする僕の味方に頭脳派であるブライアンがついてくれたのはとてもありがたい。家庭用ゲームならばいくつかやったことがあるが、こういったものは僕だってはじめての経験だったから余計にそう感じたのかもしれない。
コインを投入してタイルに乗る。眩い光を放った画面に目を細めながら操作すると音楽が流れだした。おそらくユーロビートと呼ばれるジャンルだろう。スクロールするたびにジャケ写が変わり、曲も変わる。そのどれも僕には馴染みのない曲だけれど、初心者向けだと推されている曲を選択すると画面が切り替わり “Are you ready?” の文字が表示された。はじまるみたいだ。
人前でダンスを踊ることには抵抗がある。僕にとって苦手分野なものだし注目されるのだって恥ずかしい。でもいつか観た洋画のなかで踊っていたひとたちはとても楽しそうに見えた。もちろん役だとはわかっている。それでもきっと音楽に身を委ねるというのは心地よいものなのかもしれない。僕がこれから体験するのはあくまでもゲームで、きっとお世辞にも上手とは言えない出来になろうことは火を見るよりも明らかだけれど。
『準備はいいか』
「うん。頼んだよ、ブライアン」
深く息を吸って画面に視線を固定させる。集中、とにかく集中だ……緊張する僕をよそに “START” の文字へと切り替わり、曲が流れだした。タイルが音に合わせて光り、次第に速まっていく。目では追えているのに足が反応するまでに時間がかかる。初心者向けだったよね? これじゃあ、こんがらがって転んでしまいそう。
『力み過ぎだ。もっと肩の力を抜け』
『左だ、左。それは右だ』
『……もう見てられん』
肩の上から指示を出してくれるブライアンが片羽交で顔を隠す。僕だって君の指示通りに動きたいんだよ。でもね、これが僕の限界なんだ。これでも一生懸命やっているんだよ。
後ろから『が、頑張れ!』応援してくれるジョジョの声を掻き消すようにジョーとエースの笑い声が聞こえてくる。見なくたってわかるさ。リズムに乗れていない僕を見て笑い転がっているんだろう? ひどいやつらだ。必死に光るタイルを追いながら脳内で彼らへの不満を吐き出す。が、言葉とは裏腹にだね。
このままではスコアは低いだろう。僕の動きはまったくと言っていいほどダンスと呼べるものではないから。それでも僕は今、楽しくてしかたがないのだ。それこそ『腹が痛い』と涙を浮かべる彼らのように僕も心の底から笑えている気がした。
結果として僕はC判定。僕のあとに挑んだジョーとエースはA判定だった。彼らは僕とは違う曲を選び、左上と右下の持ち場を決めていた。重量判定は僕の杞憂だったようで問題なく反応し、彼らは自信に満ちた表情で軽々とステップを踏み、僕よりもずっとダンスしていたように思える。いや実際にそうだった。さすがというべきか、息の合った二羽のダンスはまるでジャイブのラテンダブルスを見ているようでかっこよかったのだ。調子に乗るだろうから言わないけれど、ちょっとだけ羨ましくも感じられたくらいに。
ゲームセンターを満喫し、外へと出た頃にはすっかり雨は止んでいた。紫が合わさりグラデーションとなって空を染めている。じきに藍色が夜の帳を下ろしにくるだろう。一足先に眠りへと落ちた鼠色の雲が気持ちよさそうにぷかぷかと漂っている。雨の残り香が僕の鼻腔をすり抜け、微風が頬を撫でていく。
アスファルトに残る大きな水溜まり。そのなかで看板のネオンが反射し、ゆらゆらと浮かんでいる。「虹だ」と思った。そんなはずはないのに疑うことすらなくそう思った。空に浮かぶそれとは比べものにならないほどいびつで風が吹くたび消えてしまいそうになる。それでも綺麗だと思った。その儚さがそう思わせるのか、それともあの不時の出来事を乗り越えたあとの景色だからそう思うのか。
思い出しただけで手が震えそうになる。それなのにたとえ同じ状況に立たされてもなんとか生き残れる自信がどこからともなく湧いてくるのだから不思議だ。もちろんドンたちの協力があってこそだけれど。
『ようやく止んだか』
「みたいだね。このあとはどうするの?」
『……こっちだ』
多くは語らないドンのあとを僕たちはついていく。どこに行くのか、そこになにがあるのかはドンにしかわからない。僕にわかるのは花火大会ではないことだけ。隣町まで来てしまったのだから当然だけれど、不明確でも帰るという選択肢は僕もジョーたちにもなかった。
雲の切れ間から一番星が顔を出す。誰そ彼時とはまさに言い当て妙だ。朧月のようにぼんやりと霞ませてみせるこの時間帯が僕は好きだった。僕はもちろん相手からしても僕を認識しにくく安心できたからだ。しかし人間の感覚機能とは不思議なものでひとつ感覚が遮られたり乱れると他の感覚が普段よりも優れだす。たとえば視覚が正常に働かないと嗅覚や聴覚なんかがサポートするが如く補うのだ。そのおかげで助かっている部分は多いが、こういった場合は別である。
前方から下駄のカランコロンという音が聞こえ浴衣を着ているのであろう男女とすれ違う。これから花火大会に向かうのだろう。僕たちとは反対方向へ歩いていく彼らは「なあ今の見た?」「男の子とカラスだったよね? ドリトルジュニアじゃん」「そう見せかけてあとで食ったりしてな~」「え、やだあ。カラスって美味しいの?」「知らね」と、振り返ってまで僕たちのことを嘲笑していたがもう気にならなかった。好きに言わせておけばいい。人間だろうが動物だろうが立派な友達に変わりはないじゃないか。ましてや食べるなんてとんでもない。僕にとってドンたちは何にも代えがたい大切な友達なのだから。それを僕が大事に思っていて、あわよくばドンたちに伝わっていればそれでいい。それが重要なんだ。
ヒューっと風を断ちながら空を一直線に駆け昇ったあと、ドドンと弾けた音が耳に届く。雑木林からでは夜空に咲く大輪の花を目にすることはできないが一等綺麗だったに違いない。とはいえ人間の僕でさえ心臓をぎゅっと力任せに握られたような圧迫感に苛まれ、腹にまで響いているのだから僕よりずっと小さなドンたちにとっては轟然たる爆音だろう。なかでも特段小柄なジョジョはその身を震わせていて、家を出る前にドンが『儂らはああいうのが苦手』言っていたのを思い出す。
「ジョジョ、おいで」
乾ききっていない洋服は夜風を浴びてひんやりしている。夏物だから薄手だし、効果はほとんどないかもしれない。それでも彼のことを助けてあげたくて僕は洋服の襟元に入るようジョジョを呼ぶ。
本当は子分を思うドンのことも、後輩を思うジョーたちのことも入れてあげたい。彼らだって耐え難い音なはずで立場がなければ我一目散に飛び込みたいはずなんだ。効果はなくとも布一枚でも隔てるものがあれば心持ちがほんの少しだけ楽になるから。「ごめんね」そう肩を竦める僕に『気にせんでいい』と目を細めたドンの瞳に黄色が映える。大輪の花が反射したのかと思ったそれはドドン、パンパンと時差を生じて聞こえる音に合わせて僕たちのまわりを囲む。ひとつふたつ、と黄色の灯りが仄かに咲いていくのだ。
『なんだァ、コイツらはァ』
鬱陶しそうに翼で追い払うエースの言葉に目を凝らしてみる。あれはきっと……僕の目の前で開いた灯りに手を伸ばす。捕えた灯りが僕の掌のなかで淡く揺れている。逃げないようにそっとなかを覗けば羽が生えていて、脱走を試みようと空気を掻く羽の動きがくすぐったい。僕の襟元で観察していたジョジョはその正体に驚いていたものの、見慣れたのか今では目を奪われているみたいだ。
「僕も久しぶりに見たよ。これはね、蛍っていうんだよ」
『へえ、こうして見ると綺麗だね』
どうやら蛍を気に入ったのはジョーもらしい。僕の町から少し遠ざかったところで花火の奏でる音は止まないけれど、この幻想的な空間が僅かにでも彼らの気休めになっていたらいいなと思う。なにか他のことに気を取られて意識から逸れていればその瞬間だけは忘れていられると思うから。根本的な部分はどうしようもなく変えられない。が、ほんのちょっびとでも僕にできることをしたかったんだ。なんて、これはただの自己満足だろうか。
風に揺られた笹の音が僕の耳へと届く。夜になったおかげか、竹林がそう思わせるのか。吹き抜ける風は夜になっても幾分熱をもっているのに心地よく感じられる。夏の夜特有の生温い風はぬめっとしていて肌に張りつく。その不快な部分だけを笹が払ってくれているのかもしれない。
思えば家を出てからというもの森や林といった人間にとって道とは呼び難いところばかり通ってきた気がする。今も枯れ竹が折れていたり、鋭利な切り口の竹が草間に隠されていたりと昼間の森とはまた違った足場の悪さに、慎重にならねばならなかった。僕は夜目が利くほうでもないから余計に。あちこち自由に飛び回る蛍の光によって得られる淡い光を頼りに進んでいく。
次第に小道を沿うように竹垣が設けられ、竹の折戸が異世界へと通ずる扉のように現れる。その先には立派な松の木がどっしりと構えており、誰かの家の庭であることが窺える。こっそりと中を覗けば人の気配はない。それならばと扉を押し開け踏み入ると――まるで石庭だ。
しかし、厳かで静穏なこの場所を僕は知っていた。ここはおじいちゃん家だ。僕の苦手なひとであり、父さんと母さんが来ているところ。花火大会の穴場。なぜドンはここを知っていたのだろうか。そもそもどうしてここに僕を連れてきたのだろう。
『ガアッ』
いつの間にか松の枝で羽を休めるドンが僕をまっすぐに見つめている。
「しぃーっ! 大きい声出したらバレちゃうよ」
いくら祖父の家とはいえ不法侵入なのだから、と焦る僕の瞳にドンのそばで羽繕いしているジョーとブライアンが映る。君たちはなんて呑気なんだ。その図太さが本当に羨ましいよ。
チリン、風鈴の音が鼓膜を揺らす。その音が聞こえた方向、縁側のほうへと視線を投げた先にいたのはおじいちゃんだった。
チリン、チリン……。僕とおじいちゃんの間を涼しげに風鈴の音が凪いでいく。
「お前さん、どうやってここに……ひとりか?」
「え、えっと……久しぶりだね。おじいちゃん」
「ああ、久しいな。用があって来たのだろう。居間にいるから呼んでくるか?」
「あ、その、できれば父さんたちには言わないでほしくて……」
またも僕とおじいちゃんとの間に沈黙が流れ、視線を彷徨わせる。無性に口が渇く。このなんとも耐え難い息苦しさが重い圧となり居心地の悪さが倍する。
突然現れた僕に驚いたように見えたけれど、今では訝しげに見定めているおじいちゃんの視線が痛い。でも、そりゃあそうだよね。ここ数年、正月にしか顔を見せない孫が両親とではなくひとりで現れたのだから無理もない。が、正直に話したとしてそれを堅物のおじいちゃんが理解してくれるとは思えない。それこそ鼻で笑われて「ふざけたことばかり言っていないで勉強をしろ」なんて真っ当なことを返されて終わり。
どうしたものかと沈黙を破れない僕に『ガアッ』またも助け舟を出したのはドンだった。松の木から僕の肩へと飛び移ったドンの姿を見たおじいちゃんの目が見開かれる。
「お前……」
『ガアッ ガアッ』
ひゅっと鋭い風が重苦しい空気を断ち切る。太刀風のようなそれはドンの羽ばたきで起きたのだろうか。おかげでほんの少し場が和らいだように感じる。なんせ、あの視線が僕からドンに向いているのだ。
ああ、今なら話せるかもしれない。本当にドンのおかげさまで言葉が声に乗る。
「おじいちゃんもドンのこと知ってたんだね」
「そうか、お前さんはドンというのか」
「うん、僕が勝手につけた名前だけど」
「いい名をもらったな」
そう言ったおじいちゃんの表情は見たことないくらいにとても柔らかかった。皺が刻まれた分厚い手が慣れた手つきでドンの頭を撫でている。心なしかドンの表情も嬉しそうで僕とはまた違った関係性が見えてちょっぴり悔しいけれど微笑ましい。まさかおじいちゃんとドンに交流があったとは。いや、それよりもおじいちゃんが動物と会話をするなんて信じ難い光景だ。
「……動物、好きなの?」
「特別好きなわけでもないが……まあそうだな、嫌いではないな」
「へえ、そうなんだ」
思わず頬が緩む。おじいちゃんと二人きりでも会話ができている。今まで感じていた緊張感も言葉を交わすたび薄れていくのがわかる。なにより共通点が見つかったのだ。それがただうれしくて。
なにかひとつでも一致するものがあれば会話はしやすくなる。その一点を中心に広げていけば自然に繋がっていくからだ。だからこうして僕とおじいちゃんの会話は弾んでいる。
おじいちゃんと肩を並べて縁側に座る。風鈴の音も風の音も今ではもう気にならなかった。僕とおじいちゃんの間にはドンがいて、おじいちゃんの口から語られたドンとの出会い話や出来事はとてもおもしろかった。なんせおじいちゃんも僕と同じようにコメディ映画みたいな出会い方でドンと知り合い、そして喜劇のようなやりとりの数々だったから。僕は腹を抱えて笑った。おじいちゃんは決まりが悪そうにそっぽを向き頭を掻いていたけれど、その口元に浮かんだ微笑みには充足感が漂っていた。
もしかしたら僕はおじいちゃんを勘違いしていたのかもしれない。口数が少なく、口を開けば堅苦しいことばかりで僕は嫌気がさし、ろくにおじいちゃんを知ろうとせず勝手に決めつけていたが、その裏には引っ込み思案な僕の将来を案じる慈愛が含まれていたのではなかろうか。
少なくとも今、僕の前にいるおじいちゃんは昭和産の頑固おやじには見えない。目に寄せられた皺には優しさがある。頬に刻まれた皺も手の甲に広がる皺にも温かさが窺える。
「お前さんも男になったのだな」
「……だといいな」
二人、目を合わせて笑う。その様を間で見守っていたドンが『なにより』と一声鳴いた。
濃紺に染まった空で星たちが煌めいている。こんなにも綺麗に見えるなんて今日まで知らなかった。いや知ろうとしなかった。改めて知ったおじいちゃん家の居心地のよさにもう少し居たいと留まりたい思いが芽生えるけれど。帰りも徒歩なのだ。なにもないに越したことはないがそれは神のみぞ知る。波瀾万丈すぎた道中を鑑みてそろそろ、と腰を上げた僕におじいちゃんが口を開く。
「どうやって帰るつもりだ」
「来た道を帰るよ。ドンたちがいるから平気」
「ああ、この子をよろしく頼む」
『相分かった』
「……たまにはこうして顔を見せに来てくれ」
「うん、また来るね!」
今度はちゃんと玄関から。父さんや母さんと一緒に来よう。目を向けないから、耳を傾けないから、触れてみないから知らないことがたくさんある。
苦手意識というのは実にもったいないことなのかもしれない。食わず嫌いもそうだ。小さい頃に見た目や匂いで嫌悪していたものも少し大きくなってから挑戦してみれば美味しかったもの。それでも苦手だと思ったものがある。それは挑戦してみなければ一生わからなかったことで同級生しかり、何にでも言えることだと思う。
今回のおじいちゃんとの距離のように歩み寄らなければ、寄り添ってみなければ知り得ないことがある。踏み込めたからこそ得られるなにかがあって、それを知らぬままにするのはやっぱりもったいない。とはいえ自分の領域を飛び出し相手の懐中へ踏み込むというのはかなりの労力を必要とし、策を練るにも情報が乏しければ難しい。ドンが助けてくれたようになにかきっかけがあったら……と縋ってしまう。毎回都合よく助太刀してくれる味方が現れるわけないのに。けれども、それならば普段は踏み出せないあと一歩も踏み出しやすい。
そしていつかは自分から進んでいけたらと思う。それこそドンのように誰かの手助けをできたらいいな、とも。それくらいに今の僕は前向きな思考へと変化している。少しずつだけれど確実に。
家を出る前、ともに昼寝をしていたイチョウの木の下にトムの姿はなかった。好きなだけ寝倒したあと満足して帰ったのだろう。そう思うとトムに対してもひそかに憧憬の念を抱く。
然れど、今日の僕はすこし彼らに近づけただろうか。そうだといいなと思う。
「疲れたよね。ドンたちは住処に帰るの?」
『否、今宵は此処に宿る。あやつらも限界であろう』
「そっか、じゃあ僕も一緒にいいかな?」
『……風邪を引くぞ』
「今更だよ。それよりもまだ君たちと一緒にいたいんだ」
この日の僕はそれがすべてだった。
ドンの言葉を待たずにイチョウの木の下へと寝転がる。ぐっと手足を伸ばせば一日分の疲労が押し寄せて今にも瞼がくっついてしまいそうだ。僕の胸にその身を預けてくれたくれたドンの温もりがより一層眠りを誘う。ジョーたちはイチョウの木に各々の落ち着ける枝を見つけ、うとうと船を漕ぎ始めている。怒涛の大冒険だったのだ。莫大な疲労感には抗えない。と、そんななかおぼつかない足取りでジョジョが僕のそばへとやってくる。
『ねえオレア、オイラとトモダチになってくれてありがとう』
「こちらこそだよ。いろいろあったけど楽しかったね」
『一時はどうなるかと思ったけどな』
「本当だよ、あのときの豪雨はなんだったんだろうね。今じゃ天の川がよく見える」
『オイラあれ知ってる。デネブとベガだろ? それであとひとつが、ええっと……なんだったっけ』
「アルタイルだよ、アルタイル」
大地に全体重を預ける。すうっと腑に落ちたその星の名を頭のなかで反芻する。
彼らのように空を飛ぶ。四季折々の風を感じて、高く高く。未だ夜空を眺めるジョジョの瞳には煌めく夏の大三角が映っている。綺麗だ、とっても。この世界は僕が思っていたよりもずっと鮮やかで美しい。




