①-2 もしも青春恋愛小説だったら。
異世界転生とかではなく、物語の登場人物みたいになれたり都合よくことが進んだりすることを期待するときはありませんか。
そんな物語を望む蒼也の話。
もしも青春小説の主人公だったら。
きっと
幼馴染と両片思いが発覚したりとか
急なきっかけで好きな子が意識し始めてくれたりとか
委員会や係の仕事が一緒になって急接近とか
あるのかもしれない。
それが物語なら。
朝。
教室の前に幼馴染の澄香が立っている。
今日からテストだなぁと思う。
なぜなら彼女はテストの日は毎回ドアの前で願ってから教室に入るからだ。
踏み出した足もとに魔法陣ができて吸い込まれるように。
勉強が苦手な澄香は真剣に奇跡を願う。
小さい頃から小説やマンガが好きな彼女は嫌なことや苦手なことがある時に、物語のように世界が変わる瞬間を願うようになった。
こうなったらいいなぁと話す彼女の目はいつもキラキラしている。
かと思うとなにもやりたくないなぁと不安げにしたり感情が忙しそうな時もある。
俺もテストには自信がないから、異世界転生を願う気持ちはわからなくもない。
ただ、異世界転生よりは一度見たものを完全に記憶できる能力が欲しい。
そっちの方が役立つ気がする。
彼女はドアを開けゆっくり足を踏み出す。
しかし何も起こらない。
ちょっと残念そうにする姿がかわいいと思う。
こんな些細なことでキュンとするほどに俺は澄香が好きだ。
誰にも言ったことはないが長年の片思いである。
教室に入り澄香に「おはよう」と声をかける。
「おはよう」と返してくれる彼女の目は少し眠そうだ。
「今日からテストだけど。勉強した?」
返事が分かりきっていることを聞く。
「どうせしてないだろ?いつも通りドア開ける前に願ってたし」
ちょっと意地悪だったかなと後悔したが、彼女はなぜか得意げに笑って言う。
「まぁね。今頃は魔法陣に吸い込まれて異世界に行けて、テストなんか関係なくなってたはずだったんだけどなぁ」
ずーっと前から異世界転生の物語で魔法陣に吸い込まれる前から転生を願う主人公はいないのではないかと疑問に思う部分もあるが、澄香があまりにもキラキラした目で話すから言えたことがない。
俺がそういった作品をあまり読んだことがないだけな可能性もあるし。
澄香は急いで席に着く。
勉強するためだ。
願ったなにかが起こらなかった時には自分で頑張って努力しようとするところは尊敬してる。
とんでもない奇跡が起きて出席番号順の席は澄香と隣だ。
新学期が始まって数週間はニヤけるのを堪えるのに精一杯で。
青春小説ならこれをきっかけになにかがあったのかなぁと期待だけがあったが今のところ関係性にはなんの変化もない。
澄香にはテスト直前に毎回ノートを貸す。
ノートを真剣に見ている姿もかわいいなぁとなんとなく思う。
こういう貸し借りができるのは幼馴染の特権なのか。
ただこれで意識してもらえることはない。
青春小説の主人公は、ノートに好きだと書いて気持ちを伝えるときがある。
俺にはそんな勇気がない。
メッセージに気づいてもらえるタイミングとか
そもそも気づいてもらえるのかどうかとか
落書きだと思われないかとか
なんの反応もなかったらどうしようとか
いろんな不安が頭の中を駆け巡る。
書いてみようかなぁと思いつつ
書かないままノートを貸すのはこれで何回目かわからない。
物語の登場人物はきっと
何年もノートに好きだと書くかどうかで悩んだりはしないだろう。
彼女が好きって書いて返してくれたパターンもあったなぁとふと思いつくけど。
それは両片思いで成立するわけで
完全なる片思いの俺に可能性はない。
先生が来てホームルームが始まった。
澄香は少しノートの上で目をさまよわせて、パタンと閉じる。
こっちにそっと差し出して小声でありがとって言いながらも不安げに視線を動かしている。
落ち着かない様子もなんでも可愛く見えてきた。
俺はまだいいよってノートを突き返して顔を伏せて呟く。
あぁ、ある日突然俺のこと好きになっててくれないかなぁ。
もし青春小説の主人公なら。
こんなダラダラ気持ちの伝え方で迷わないのかもしれない。
いつか澄香に気持ちを伝えられる自分を理想にしながらも、なんかの出来事で澄香が告白してくれるとか、都合が良い告白のきっかけがある日突然訪れることとかみたいな、世界が変わったと思える瞬間を期待するのをやめられない。
読んでくれた方ありがとうございます。
①の蒼也視点の話です。
登場人物みたいな能力が欲しいとか、行動ができるようになりたいとか、そんな気持ちを表現できたらいいなぁと思います。