旅の仲間ができたようです
「はっ」
意識が戻った。
もうオオカミに乗ってはいない。草の上だ。
鞄もちゃんと頭の横にあって、心底ほっとする。
「……あれは、夢?」
周囲にちょっとした茂みがあって、細く密集した草の上にいるとわかった。
藁のベットみたいに柔らかい。
これを勘違いしたのかも。
「うん、夢よ夢」
眠った場所とは違うけど、そこは考えないことにしよう。
そう考えて起き上がった時だった。
すぐ左手の茂みから、のそっと起き上がる存在がある。
「………………いた」
白灰色の巨大なオオカミ。
夢じゃなかったとわかった瞬間、私は血の気が引いた。
もしもこのオオカミが、お腹が空くまで待っていたとしたら。
私、食べられてしまう。
こんな近い距離なら、逃げても無駄だ。
せめて痛くないようにと願うしかない私に、のっそりとオオカミが近づく。
そして口が接近してきて……。
「んむ?」
べろっと頭をなめられた。
「味見? え、じわじわ行く感じ?」
悲惨すぎると身を震わせる私のことを、オオカミがふんふんと嗅ぐ。
私はもう卒倒しそうだったけれど、次の瞬間耳を疑った。
「きゅーん」
「え?」
甘えるような鳴き声に、思わずオオカミを見る。
私の隣に座ったオオカミは、側にいられるだけでもいいというように、うっとりと目を閉じて伏せる。
私はしばらく考え、言ってみた。
「あの、私のこと食べないの?」
オオカミは一体何のことだ? とばかりに目を開けると小さく首をかしげた。
どうも、食べるつもりで側にいるわけではないらしい。
「その、私のこと、好き?」
勇気を出して、どう思っているのか尋ねてみる。
するとオオカミがきゅんきゅんと鳴いて、鼻先を私の背中に押し付けてきた。
「わわっ」
びっくりしたけど、オオカミがそれ以上の行動をすることはなかった。
だから試しに鼻先を撫でてみたら……、心地よさそうに目を細めて甘え鳴きをする。
「ええと、懐かれたのかな、これ」
信じられないけど、このオオカミは私を食べる気はないのがわかった。
深呼吸して自分を落ち着かせた私は、まずすべきことを考える。
「食料、水、無くなる前にアールシア皇国の町か村に行かなくちゃ」
残りはあと一日分くらい。
オオカミのことで右往左往していたら、水も失くなって干からびて死んでしまう。
なんとかここまで来られたのに、そんな終わり方はしたくない。
「絶対、ここまで来たら幸せな生活を少しでも送りたい」
決意を込めてつぶやくと、隣のオオカミが「わう」と応じるように鳴いた。
「返事してくれた……。もしかして協力、してくれる?」
たまたまだろうと思いつつ聞いてみると、なんとオオカミがうなずいた。
一度だけなら偶然。
でも二度なら必然になるという言葉を、どこかで耳にしたことがある。
それを思い出した私は思った。
(きっと、このオオカミは人間の言葉がわかる魔物なんだ。しかも私を襲わず、気に入ってくれたみたい)
だから、協力してとう言った時にうなずいたその行動を信じようと思った。
(どうせ命以外に何も持っていないようなものだもの。信じてダメだったとしても、仕方ないわ)
罪人から処刑寸前になり、流刑地みたいな場所へ捨てられるという経験をしたせいだろうか。そんな運を天に任せてみようという気持ちになったのは。
そんな私はオオカミに言う。
「近くにあるアールシア皇国の町か村に行くんだけど、一緒にいて私を守ってくれる?」
「わう」
オオカミが返事をした。
三度目が重なれば、それは真実。
私はオオカミを信じる気持ちを強くした。
「じゃあ、食事をしたら出発するね」
私は水を少し飲んで、多少は食べ物を口に入れる。
その間、オオカミも近くの草を口にしていた。
何を食べているのだろうと思ったら、ぼんやりと白く光る草だ。
フリージアのように小さなつぼみのようにふくらんだ花がいくつもついていて、黄色く光っている。周囲が白いので、暖かそうに見えた。
「んー、光ってさえなければ、白露草にそっくりなんだけど」
ダート王国でも見慣れている、甘い蜜の味がする花が咲く草だ。葉の形も茎も、同じように見える。
……オオカミが食べているのなら、私も食べられるだろうか?
興味が湧いてまだ食べられていない草を見つけ、摘んでみた。
オオカミは全部食べていたけれど、さすがに草の葉や茎は渋いのではないかと思った私は、花を摘んで口に入れてみた。
一個食べてみたら、さわやかな柑橘のような甘みが口の中に広がる。
「あれ美味しい……」
二個三個と摘んでしまう。
数粒なのに、いっぱい水を飲んだような満足感に満たされた。
それからオオカミは良くても、人間のお腹には合わないのではないかと不安になったけど、特に胃が痛くなることもない。
「少し持って行こう」
私は草を摘んだ。
光っている物だと、安全なのかもしれないと思ってそれを選んだのだけど、摘んだのに、草はまだ淡く光っていた。
「ゆっくり消えていくのかな?」
巷では、光っている白夜の森の植物は、摘むと光が消えると聞いていたのに。
よくわからないが、そのまま鞄の中につぶれないように入れておいた。後でまた、残りを食べよう。
「行こうか」
声をかけると、オオカミは立ち上がる。
そうして、私はオオカミと並んで先へ進んだ。
しばらくして、東へ伸びる細い横道を見つけた。
村が近いのだろうか。
踏み固めたような土がむき出しの道は、近くの村から人が通ってできた物のはず。
たどっていけば、必ずどこかの村か町にたどり着けそうだ。
でも最近は使っている人はいないのか、草が生い茂り始め、離れた場所はかき分けなければ通れないほどにぼうぼうになっていた。
「国境の紛争で、この先にある村には誰もいなくなったのかも……」
そんな疑惑を持つ村に行ったら、どちらかの国の兵士に会ってしまいそうだ。アールシア皇国の兵士でも、紛争地帯に現れたら侵入者だと思われそうだ。
私はその横道を通り過ぎた。
お昼の時間を過ぎた頃、もう一つ細い道を見つける。
踏み固められた道なので、森の外から入ってくる人が使っているのは間違いない。
何人もの人が、何度も行き来し続けていることも。
それに今度は草が生い茂っているわけでもなく、左右の木から張り出した枝も払われている。
今でも日常的に使われているんじゃないだろうか?
「この先になら、人が住んでいる場所があるかも」
あと数時間もしたら、日暮れだ。
水分はあの光る草で何とかなるけれど、食料がない。
人に会うのは不安だ。
まだダート王国だったとしたら、急いで森に逃げ込まなくてはならないし。
村人だったとしても、私が黒魔術師だとわかったら……。
思い出すのは、時折継母がしつけだと言って鞭を打つ時の顔。
継子を虐待したと言われたくないのか、やりすぎないように足に鞭を数回打つだけだったけど、その瞬間にちらりとのぞいた、愉悦の表情が怖かった。
――この人に、黒魔術師だとバレたら、こんな顔をして処刑台に突き出される。
瞬間的にそう悟った。
ただでさえ、母という最大の庇護者を失ってから処刑に怯えていたのに、一瞬でも隙を見せてはいけないと思ったのはあの瞬間だ。
だけど確認しないと、自分の現在地もわからない。
私は「よし」と決意して細い道へ入った。




