ありふれた奇跡
1月1日。
それは僕と君が出会った日。
「今でも腹は立つんだけどね」
僕の隣に居る君が言う。
茶色のコートを着るのにもすっかり慣れた君。
「奇跡にして運命的な出会い……なんて思っていたの私だけなんて」
「運命的な出会いというのは間違いないと思うよ」
出会った頃は僕の隣を歩くことさえもおぼつかなかった君が今、僕の隣を同じ歩幅で歩いている。
普通の恋人や夫婦のように、物珍しくもないコートや手袋、マフラーに身を包んで。
歩道から溢れた人々が堂々と道路の上を歩くのをよそ目に、僕らは一緒に人の居ない場所へと歩き続ける。
「あほらし」
君は心の底から思っているであろう気持ちを白い息と共に世界へ吐き出した。
雪に混じって一瞬の内に見えなくなった言葉。
僕が拾い上げようとした刹那、君が自ら声を繋いで拾い上げる。
「本来なら運命的な出会いなんて想像出来るはずなんてない。それなのに、あなたは最初からそのつもりだったのでしょう?」
「そうだったらいいなって思っていただけだよ」
僕の返答に君はどこか温かいため息を被せる。
「それが気に食わないの。もうそこまで来ちゃうとイベント消化じゃない。どうせ、フラグを満たしたから行ってみよう……くらいな気持ちだったんでしょ?」
始めの内は意味も分からず、おまけに舌を何度も噛んでいた横文字も今の君はあっさりと口にする。
これ見よがしに。
あるいは、僕の隣に居られる事が嬉しいと伝えるように。
「流石にそこまでは思っていないよ」
苦笑いをする僕を君は軽く睨んだ。
「どうだか」
「本当なのに」
そんなあり触れた会話をしている内に僕と君は目的地へと辿り着く。
道路脇に存在する小さな神社。
元日だと言うのに誰一人、足を止めず顧みない所。
そして、君と初めて出会った場所。
数年前の1月1日、僕はこの場所にやってきた。
誰も居ない神社にどこか運命めいたものを感じて。
馬鹿らしく滑稽であり触れた想像だった。
誰も居ない神社だからこそ、誰からも見放された神様が居て、そんな場所の神様だからこそ僕の願いを真摯に叶えてくれる。
アニメや漫画、ゲームで飽きるほどに繰り返された展開を僕は半ば冗談で期待していた。
そして、笑ってしまう程にあっさりとその空想は叶ってしまったのだ。
「拝むあなたの目の前に立ってあげようか?」
ここに来るたびに言う君の冗談が青い寒空の下で心地良く響いた。
「いや、いいよ」
とぼける君に僕は笑いかけると君はへらっと笑って頷く。
「だよね。私もう神様じゃないし」
「別にそういうつもりじゃないんだけどね」
そう。
君はもう神様じゃない。
そして、ここにはもう神様はいない。
あるのは僕と君が出会った場所だけ。
「あー! もう! 本当にもやもやする!」
耐え切れないように君が大声を出した。
当然の反応だと僕は思った。
あの日、君は消える寸前でもうそれを受け入れようとしていた。
そんな時に僕が現れたのだ。
だからこそ、君は僕との出会いを奇跡だと思っていたみたいだけど、僕からすれば奇跡でこそあれど、どこか予想していた……いや、嫌な表現をすれば半ば瓢箪から駒が出たような気持ちだった。
この互いの認識のズレに君はきっと生涯もやもやすると思うし、僕もまた生涯なんとも形容しがたい罪悪感に苛まれると思う。
だけど。
「ありふれていても奇跡は奇跡。運命は運命。そうでしょ?」
1月1日。
ここに来るたびに言う僕の言葉に君は諦めたように笑う。
「まぁ、そうなんだけどさ」
例年通り、くだらなく、ありふれたやり取りをして、僕らは互いに言う。
「それじゃ、今年もよろしくね」
「はいはい。よろしくね」
神様の居ないこの場所で。




