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第4話 彼女のお母さんに報告をした

「こういうの、聞いていいのかわかんないけど……ここ数日は何してたんだ?」

「何もやる気起きなかったから……ゴロゴロしたり、ほのぼの系のアニメを見てたわ」


 俺が控えめに尋ねると、夏希(なつき)はやや気まずそうに答えた。


「両親は?」

「行きたくないなら、無理に行かなくていいって」

「なんと言うか、らしいな」


 俺は小さく笑った。

 夏希の両親は、どこまでも子どもの意思を尊重する人たちだ。


「お母さんはもうすぐ帰ってくるか?」

「たぶん。なんで?」


 夏希が不思議そうに首を傾げた。


「一応、挨拶とかしとこうと思って」

「えっ——」


 夏希は驚いたようにこちらを見た。

 目を泳がせ、唇を尖らせる。


「そ、そんなの、いちいち気にしなくていいわよ」

「でも、そういうのって礼儀だし、夏希が休んでたのは俺のせいだからさ」


 夏希からすれば気まずいだろうけど、ここは譲れない。

 彼女も俺の本気度合いを感じ取ってくれたのか、数回のラリーの後に、渋々了承してくれた。


「ただいまー」


 夏希のお母さん――光恵(みつえ)さんは、ほどなくして帰ってきた。


「あらっ?」


 リビングに入ってくると、俺の姿を見て、一瞬だけ目を見張った。

 でも次の瞬間には、何かを察したように目元を優しく細めた。


(れい)君じゃない。久しぶりねぇ」

「……お久しぶりです」


 少し緊張しながら、頭を下げる。


「今日はどうしたの?」

「夏希のお見舞いに来たんですけど……その、ちょっとお話、いいですか?」

「えぇ」


 驚きもせずに優しくうなずく光恵さんは、きっともう、おおよその察しをつけているのだろう。


「発端は、俺の勘違いなんですけど——」


 俺は夏希とのすれ違いからここまでの経緯を、包み隠さず打ち明けた。

 光恵さんは最後まで、口を挟まずに話を聞いてくれていた。


「そんなわけで……夏希とお付き合いさせていただいても、いいですか?」


 俺が伺うように尋ねると、光恵さんはふふ、と笑みを漏らして、


「そんなに緊張しなくても、夏希が決めたことなら反対しないわよ」

「……ありがとうございます」


 俺はホッと肩の力を抜いた。


「それに、ちゃんとこうやって報告をしてくれて、嬉しいわ。元々、澪君なら心配してなかったけど……夏希のこと、よろしくね?」


 光恵さんは茶目っ気たっぷりに微笑んだが、その眼差しはまっすぐ俺を見据えていた。

 ——紛れもない、親の瞳だった。


「はい。任せてください」


 俺は大きくうなずいた。嘘偽りのない、精一杯の敬意を込めて。


「ふふ、いい子ね」


 光恵さんがくすっと笑った。

 夏希が機嫌の良いときに浮かべる、いたずらっぽい表情にそっくりだった。


「あっ、でも——」


 光恵さんが、ふと真剣な声色になった。

 俺も夏希も思わず姿勢を正す。


「一つだけ、年長者としてアドバイスしておくわ。話を聞く限り、結局はコミュニケーション不足が原因よね」

「……そうね」


 夏希が気まずそうに同意した。

 俺も異論はない。


「今回は丸く収まったから良かったけれど、これからはもっと話し合ったほうがいいと思うわ。どれだけ相手のことが好きでも、付き合っていれば、絶対に嫌なところも合わないところも出てくるもの」


 光恵さんの言葉は、まっすぐで、そしてどこか穏やかだった。


「そういうとき、どっちかが我慢したり、言わずに溜め込んだりすると、今回みたいなすれ違いが起きて、最悪のパターンもあり得るわ。ストレスがないってことは、必ずどっちかが妥協してるってことだから」

「……」


 俺は自然と、隣の夏希を見た。

 夏希も同じように、こちらを見ていた。


 言葉は交わさなかったけど、互いに思ったことは同じだったはずだ。


「うん」

「わかりました」


 俺と夏希は光恵さんに向き直り、しっかりとうなずいた。


「よろしい」


 光恵さんは満足げに笑い、俺と夏希の頭をポンっと叩いた。




 その後、夏希の部屋に引っ込んだ俺たちは、実際に光恵さんのアドバイスに従って話し合うことにした。


「夏希にはさっき色々言われたし、全部正論だったと思うけど……あれ以外にも何かあれば、遠慮なく言ってくれ」

「そうね……」


 夏希は考え込むように瞳を伏せた。


「……それなら、もう少し堂々としてほしいわ」

「堂々と?」

「えぇ。一緒に登下校しているのに、邪魔だと思われてるって考えたりとか、澪はちょっと自分を卑下しすぎよ」

「うっ……」


 俺は言葉に詰まった。卑屈な自覚はある。


「もっと自信を持ちなさいよね。……私が、好きになってあげたんだから」


 言葉こそ上から目線だが、その表情はどこか不安そうで、様子を窺うようにちらちらと見上げてくる。

 俺は自然と笑みを浮かべていた。


「そうだな。ちょっとずつ、頑張ってみるよ」

「……えぇ」


 夏希は澄ました表情で相槌を打ったが、かすかにその口角は上がっている。


「それで、そっちは?」

「え?」


 俺は瞬きをして、夏希を見つめ返した。


「私だけじゃ不公平でしょ。澪は言いたいこととかないの? さっきも、私が一方的に責めてただけだし」

「ああ、そうだな……」


 俺は少しだけ考えてから、素直に答える。


「基本的には俺がウジウジしてたせいだから、不満とかほとんどないんだけど……せめて既読はつけてほしかったかな。安否確認になるし」

「うっ……ごめん。でも、それは……」


 夏希がバツの悪そうな顔で目を伏せ、口ごもった。


「言いたいことあるなら、言ってくれ。お母さんにも言われただろ? 溜め込むなって」

「じゃ、じゃあ……」


 夏希はもじもじと指先をいじりながら、ぎこちなく口を開く。


「その、言い訳になっちゃうけど……もし澪が付き合った報告とかしてきたら、立ち直れないから、怖くて……」

「っ——」


 思わず息を呑んだ。胸の奥がじんわりと熱くなり、目の前の少女がどうしようもなく愛おしくなる。


「……もう、そんな心配しなくていいから」

「……えぇ、そうね」


 夏希はほんのり頬を赤らめ、どこかホッとしたように唇の端を緩める。

 照れくさくなり、俺は机の上を指差した。


「一応、メールはチェックしとけよ。クラスのみんなも心配してたから」

「え、えぇ」


 夏希も誤魔化すように素早い動作で、携帯を手に取った。


「あ……っ」


 彼女は小さな声を漏らした。

 その頬がひきつり、表情から血の気が引いていく。


「どうした?」


 思わず覗き込むと、夏希は今にも泣きそうな顔でスマホを握りしめながら、声を絞り出した。


「……明日の部活、一緒に来て」

「えっ、なんで?」


 俺は眉を寄せた。

 話を聞いてみると、部活仲間からの不在着信や心配のメールにより、サボっていた実感が湧いてきて、一人で行くのが怖くなったらしい。


「でも、俺が行ったら余計おかしいだろ」

「な、何よ。私ひとりの責任にする気っ?」


 夏希が眉を吊り上げて食ってかかってくる。


「そうじゃない。冷静に考えろ」


 俺はその両肩に手を置き、あくまで落ち着いた口調で説得にかかった。


「サボってた奴がいきなり彼氏連れてきて、こいつのせいで休んでましたって言ってきたら、夏希はどう思う?」

「調子乗んなって、タコ殴りしたくなるわね」

「だろ? だから、俺は行くべきじゃないと思う」

「……そうね」


 夏希は唇を引き結んだ。理解はしてるけど、納得できてないって感じだな。

 俺は耳の後ろを掻きながら、小さな声で続けた。


「……学校までは、一緒に行くからさ」

「っ……!」


 夏希がパァ、と表情を輝かせる。

 しかし、すぐに視線を逸らし、ぷいっとそっぽを向いた。


「と、当然でしょ。あんたにも責任あるし……彼氏、なんだから」

「っ……そうだな」


(彼氏なんだから……か)


 思った以上に甘美な響きだ。頭の中で、何度も反芻してしまう。


「……何ニヤニヤしてるのよ?」

「い、いや、なんでも」


 夏希に冷ややかな眼差しを向けられ、俺は慌てて顔を背けた。

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