第2話 幼馴染が学校に来ません
「白石——」
一限が終わると、クラス会長の神崎陽斗が、曇った表情で声をかけてきた。
サッカー部で一年生ながら活躍している彼は、肩書のみならずルックスまで整っているが、今はいつもの爽やかさが影をひそめている。
「神崎、どうした?」
「篠原は風邪か? 体調不良って話だったけど」
どうやら、欠席した夏希のことが気になるらしい。
「わからん」
「知らないのか?」
首を振ると、神崎が意外そうに眉を上げた。
それがなんだか気に入らなくて、俺はややぶっきらぼうに返した。
「ただの幼馴染だからな。別に、全部知ってるわけじゃない」
「……そうか」
神崎が考え込むように目を伏せた。
俺はそれ以上の会話を拒むように、席を立った。
夏希はサッカー部のマネージャーだ。
神崎にとっては部活仲間だが、こいつが気にかける理由は、きっとそれだけじゃないだろう。
「……でも、俺には関係のないことだ」
声に出した瞬間、なんだかバカみたいに思えて、苦笑いがこぼれた。
「じゃあ、部活あるやつもないやつも、気をつけて帰れよー」
担任のいつも通りのその一言で、帰りのホームルームが終了した。
(サッカー部は……って、別にもう、気にする必要もないのか)
夏希が登校していようがいまいが、もう俺があいつを待つ理由はない。
「今日から、毎日早く帰れるのか」
そのこと自体は嬉しいはずなのに、俺はうまく笑えなかった。
◇ ◇ ◇
夏希は、次の日も学校を休んだ。
一応メッセージを送ってみたが、返信はない。どころか、既読にすらならない。
ブロックは、さすがにされてないと信じたい。
「もしかして、ホッとして熱出した、とかじゃねえだろうな」
このときの俺は、まだそんなお気楽なことを考えていた。
しかし、それから三日が経過しても夏希は姿を見せなかった。
さすがに心配になった俺は、家に帰ってすぐ、夏希の家に行こうとした。
玄関を出たところで、門扉の開く音がした。篠原家の門をくぐっていく誰かの姿が見えた。
——神崎陽斗だった。
腕からは買い物袋を提げており、どこか緊張した面持ちを浮かべている。
「……やっぱり、そうか」
俺は誰にともなくつぶやき、忍び足で自宅に戻った。
◇ ◇ ◇
——翌日、金曜日。
ガヤガヤと騒がしい教室に入ると、真っ先に神崎の姿が視界に映った。
人目を惹く容姿だからというのもあるんだろうけど、意識してないつもりでも、やっぱり気になってたんだろうな。
視線に気づいたのか、向こうもこちらを見た。
真剣な表情で近づいてくる。
(付き合った報告なんて、まっぴらごめんだ)
思わず顔をしかめてしまった。
しかし、神崎の口から出てきたのは、全く別の言葉だった。
「白石。篠原はまだ体調良くならないのか?」
「……はっ?」
俺はまじまじと神崎の顔を見つめてしまった。
神崎が形の良い眉をひそめる。
「……なんだよ」
「神崎が知ってるんじゃないのか?」
「えっ? なんで俺が?」
神崎がゆっくりと瞬きをした。
こいつ、誤魔化そうとしてるのか。
「だって昨日、夏希の家に入っていくの見たぞ」
「っ——」
神崎が目を見開いた。
らしくもない間抜けな表情だ。まさか、ちょうど目撃されてるとは思っていなかったんだろうな。
「……俺はただ、会長としてプリントを届けただけだ」
苦々しげに言い捨てると、神崎は踵を返した。
そのまま去っていくのかと思ったが、すぐに足を止める。
「……神崎?」
不思議に思って声をかけると、神崎は背を向けたまま、ぽつりとつぶやいた。
「家、行ってやれよ」
「えっ?」
今度は俺が目を瞬かせる番だった。
神崎がゆっくりと振り向いた。その瞳には、決意の光が宿っている。
「篠原のお見舞い、一回くらいは行ってやれ。幼馴染に心配されたら嬉しいだろ……ただの知り合いよりは、きっとさ」
そう言い残して瞳を伏せた神崎は、俺の返事を待つこともなく、今度こそ離れていった。
その日の授業、俺は全く集中できなかった。
(神崎の反応的に、夏希がただの体調不良じゃないのは明らかだよな……)
だとしたら、夏希はなぜ休んでいるのか。
——一つだけ、思い当たることがある。
その可能性は、夏希の欠席が知らされた瞬間から浮かんでいた。勘違いだって笑い飛ばそうとしても、心のどこかでずっと消えてくれなかった。
あんたのせいで彼氏ができないという言葉とは矛盾するけど、もはや他に思いつかない。
神崎も、夏希との会話から同じ可能性にたどり着いて、背中を押してくれたんだろうか。
(だとしたら、無視するわけにはいかないな)
それに何より、いい加減心配だ。
勘違いなら、それでも構わない。ひと目でも顔を見て、安心したい。
「……よし」
ダメ元でもう一度、夏希の家へ行ってみよう。
帰り道、スーパーで夏希の好きなものをいくつか買い込み、篠原家に直行した。
神崎も昨日、こんな気持ちだったのだろうか——。
そんなことを考えながら、門をくぐる。
何度か深呼吸をしてから、意を決してインターホンを鳴らした。
「っ……澪?」
インターホン越しに、息を呑むような気配が伝わってきた。
俺はあえて、普段通りの軽い口調で話しかけた。
「今、大丈夫か? キツいなら全然いいんだけど」
「……ちょっと待ってて」
しばらくして扉が開かれ、夏希が顔を覗かせる。
パジャマ姿でもないし、髪もきれいに整っていた。
もしかして——そんな期待が、否応なく湧き上がってくる。
「……何しに来たの?」
「いや、お見舞いにと思って」
俺は腕を持ち上げ、買い物袋を掲げてみせた。
「迷惑なら帰るけど、一応夏希の好きなもの買ってきたら、これだけでも受け取ってくれ」
袋を差し出すと、夏希は躊躇うように視線を泳がせた。
しばしの間のあと、彼女はそっぽを向いたまま、扉を大きく開けた。
「……入っていいよ」
リビングのソファーで、夏希と横並びに腰を下ろした。
夏希は膝の上に置いた手をそっと握り、強張った表情で瞳を伏せている。
(き、気まずい……)
とりあえず、聞けるところから聞いていこう。
「体調、大丈夫なのか?」
「……うん」
夏希は小さくうなずくのみだ。
「本当か? しんどかったら、寝てても——」
「大丈夫だって、言ってるでしょ」
夏希は俺の言葉をピシャリと切り捨てたあと、唇を引き結び、うつむいた。
膝の上の拳は、気づかないふりをしたくなるほど、固く握られている。
……いや、これ以上、逃げちゃダメだ。
勘違いかもしれないし、嫌われるかもしれない。
——それでも、俺は聞かなきゃいけない。
唇を舐める。カサカサに乾燥していた。
ひと呼吸おいて、絞り出すように問いかけた。
「なぁ……学校休んでるのって、俺のせいか?」
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