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幼馴染に「あんたのせいで彼氏ができない」と言われたため、距離を取ったら次の日から学校に来なくなった  作者: 桜 偉村


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第18話 独占欲とペアストラップ

 ——日曜日。

 空はどこまでも澄み渡り、真夏の陽光に照らされた海と砂浜が、キラキラと輝いていた。


「なんとなく避けてたけど、サングラス買っとけば良かったな……」

「そうね。まさかここまでとは思わなかったわ」


 夏希(なつき)も眩しそうに瞳を細めている。

 海辺に着き、砂浜の端で小さな荷物をまとめたあと、俺はTシャツを脱ぎ、海パン姿になった。


 風は爽やかなのに、胸の奥だけは熱を帯びていた。

 その原因は——、


「夏希、着替え終わった?」


 声をかけながら、後ろを振り返る。


(……あれ?)


 少し落胆してしまう。

 彼女はまだ、薄手の上着を羽織ったままだった。視線も傍に逸れている。


「どうした? 日焼け止め塗り忘れたか?」

「い、いえ……その、やっぱりこのままでもいいかしら?」


 おずおずと上目遣いでこちらを窺ってきたその顔には、珍しく不安そうな色がにじんでいた。


「えっ……でも、せっかく買ったんだろ?」

「そうだけど……」


 夏希が脚をもじもじとすり合わせる。

 なるほど、ここにきて恥ずかしくなったのか。


(無理はしてほしくないけど……)


「大丈夫。絶対似合ってるし、その、正直見てみたいんだけど……だめか?」

「っ……」


 夏希はピクッと体を揺らした。

 しばし沈黙したあと、ため息まじりにポツリと、


「……変な目で見ないでよね」

「わ、わかってるよ」

「怪しいところだわ」


 夏希はそうつぶやきながら、赤くなった頬を隠すようにそっぽを向いた。

 指先でジッパーをつまみ、ゆっくりと上着を脱ぎはじめる。

 徐々に露わになったのは、夏らしい爽やかな水色のビキニ姿。


「っ——」


 決して露出が多いわけではない。

 それでも、夏希のスレンダーな体にぴたりと合っていて、思わず息を呑んでしまった。


「その、どうかしら……?」


 夏希は少しうつむき加減で、でもどこか期待を含んだ視線を投げかけてきた。


(これ、やばいな……っ)


 きゅっと引き締まったくびれに、スラリと伸びた脚。そして色香を放っている二つの膨らみには、どうしても目線が吸い寄せられてしまう。

 でもそれ以上に、抜けるような白肌と涼やかな水色のコントラストには、芸術のような美しさがあった。


 俺はしばし、目を奪われていた。

 しかし、ふと気づいた。夏希に釘付けになっているのが、俺だけではないことに。


「……ごめん。やっぱり上着、羽織ってもらっていいか?」

「えっ……」


 夏希の表情が曇る。


「……やっぱり、似合ってなかった?」


 少しだけ、目が泳いでいる。

 まずい、誤解されてる——!


「あぁ、いやっ、違くって! すごく似合ってるし、むしろ、かわいすぎて……」


 言いながら、自分でも何を言っているのかわからなくなる。

 でも、ここで引いたら本当に誤解される。


「夏希って、やっぱり人目を惹くからさ。他の人に、あんまり見てほしくないって、思っちゃって……」


 それを聞いた夏希は、最初こそぽかんとしていたけど、次第に頬がほんのり桜色に染まっていった。

 彼女は口元に手を当て、くすっと笑う。


「何よそれ。独占欲?」

「っ……ごめん。余裕なくて……」


 俺が項垂れると、夏希は目元を和らげ、そっと俺の腕に触れた。


「別に、いいわよ。似合ってないわけじゃ、ないんでしょう?」

「あ、あぁ。その……すごく綺麗だよ」

「じゃあ、謝る必要はないわ」


 夏希はそう言って、上着のジッパーに手をかけた。

 一番上まで引き上げたあと、苦笑を浮かべて腕を組み、揶揄うように見上げてくる。


「でも、(れい)もわがままね。脱げと言ったり、着ろと言ったり」

「うっ……いや、その……夏希がしたいようにしてくれれば、いいんだけど」

「でも、脱いでほしくはないんでしょう?」

「ま、まあ、それはそうだけど……」

「なら、安心して」


 夏希はそう言うと、一歩近づいて、すっと背伸びをした。

 不意に顔が近づいてきて、鼓動が跳ね上がる。耳元にふわりと息がかかって——、


「——私も、澪以外には見られたくないから」


 その囁き声は、波の音に紛れそうなくらい小さくて、でも確かに心に届いた。


「えっ……」


 俺は思わずその場で固まってしまう。

 次の瞬間、夏希はすっと離れた。


「なにぼーっとしているのよ。置いてくわよ?」


 イタズラっぽくそう言うと、夏希はぱっと踵を返し、足音を立てて軽やかに走り出した。


「あっ、おい、待てって!」


 我に返った俺は、慌てて後を追った。

 日差しの下で舞う夏希の髪が、まるで光をはじくように輝いていた。




◇ ◇ ◇




「トイレって、こっちだったよな」

「えぇ」


 砂浜を歩いてトイレへ向かう途中、俺たちは小さな売店の前を通りかかった。


 ラムネのような色をした看板の下、サングラスや浮き輪に混ざって、小さなアクセサリーがいくつか並んでいる。

 その中に、イルカ型のストラップがあった。


「あ、これ。かわいいわね」


 何気なくつぶやきながら、夏希がその前を通り過ぎる。


「じゃあ、ここで集合するか」

「えぇ」


 集合場所を決めてトイレを済ませたあと、俺は急いで売店に引き返した。

 イルカのストラップは、ブルーとピンクの二色が並んでいた。


「たしかにかわいいな……ん?」


 よく見ると、金具の部分に小さなハートが付いていて、セットで持つとペア仕様になるらしい。

 気がついたときには、購入していた。


 ポケットにストラップを忍ばせ、再び集合場所へ戻る。

 しかし、ふと冷静になり、途端に不安が襲ってきた。


(……ペアじゃないほうが、よかったかな)


 夏希はそういうのは恥ずかしがるかもしれないし、そもそも勝手に買ってきて、引かれたりしないだろうか。


「——澪?」


 声をかけられ、ハッと顔を上げた。

 夏希が心配そうに覗き込んでいた。


「どうしたの? なんだかボーっとしてるけど」

「えっ、あ、いや……ちょっと眩しくてさ」


 適当な言い訳をして、手で額に日差しを遮るような仕草をする。

 自分でも苦しいと思うけど、今はとにかく隠したかった。


「ふぅん?」


 夏希は不思議そうに小首をかしげたが、それ以上詮索することはなかった。

 そのまま砂浜に戻って、また遊び始めるが、どうしてもポケットの中のストラップの存在を気にしてしまって、集中できない。


(いつ、どう渡せばいいんだ……いや、そもそも渡すべきなのか……)


 そんなことばかり考えていると、夏希がふと足を止めた。


「澪。ちょっと休憩しない?」


 夏希の視線の先には、日陰に設けられたテーブルがあった。

 言われて初めて、空腹であることに気づく。


「そうするか」


 これは、もしかしたらチャンスかもしれない——。

 俺はそっとポケットに手を忍ばせた。




 海の家の定番、焼きそばと唐揚げを注文して席に着く。


(今……じゃないほうがいいか。食事した後か?)


 俺がくよくよと迷っていると——、


「ねぇ。本当に、海で良かったの?」


 ふいに、夏希が不安げな表情で尋ねてきた。


「えっ? な、なんで?」

「さっきから、あまり楽しそうじゃなかったから……」


 ——やばい、また勘違いされてる!


「いや、そうじゃなくて……!」


 慌てて、ポケットに手を突っ込む。

 イルカのストラップを取り出し、テーブルに置いた。夏希が目を見開く。


「あっ、これ……さっきのお店の?」

「かわいいって言ってただろ? だから、その……つい」


 夏希が驚いたように目を瞬かせ、そっと手を伸ばす。


「これ……ペアよね」

「うん。さりげないし、いいかなって。……嫌だったら別に——」

「——澪」


 夏希の鋭い声が、俺の言い訳じみた言葉を遮った。

 彼女は上着の首元を引っ張りながら、呆れたように笑う。


「独占欲を発揮するなら、もっと堂々としなさいよ」

「あっ……」


 俺が口を半開きにして固まると、夏希がふっと息を吐いて肩をすくめた。

 そして「しょうがないわね」とでも言うように、口の端を緩める。


「前にも言ったでしょう? 澪が私のために頑張ってくれたなら、嫌がるわけないって」

「そうだったな……ごめん」

「……ペアじゃなかったら、許してないから」


 そう言って、ストラップを手に取り、光にかざす。

 ブルーとピンクのイルカが、夏の光を反射してきらきらと揺れた。


「まあ、でも……ありがと」


 頬をほんのり染めながら、夏希はちらっと視線を向けてきた。

 俺の心臓が、また少しだけ速くなる。


「こっちこそ、ありがとな」


 本当は抱きしめたかった。けれど、人目もあるし、夏希は嫌がるかもしれない。

 だから代わりに、ストラップごと、優しくその手を包んだ。


 夏希は目を丸くさせ、視線をそちらに向けたあと——一瞬だけ、恥じらいと嬉しさが混ざったような笑顔を見せた。

 まるで花がほころぶようで、思わず見惚れてしまった。


 そして思う。

 こんな表情を見せてくれるのなら、もっと堂々としていよう——と。


 その決意を伝えるように、俺は握った指先に、ほんの少しだけ力を込めた。

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