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幼馴染に「あんたのせいで彼氏ができない」と言われたため、距離を取ったら次の日から学校に来なくなった  作者: 桜 偉村


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13/20

第13話 上書き

 ——日曜日。一ヶ月記念日前最後の休日。

 俺と夏希(なつき)は学校の最寄り駅で電車を降りた。


「ごめんなさい。わざわざ付き合わせちゃって」


 夏希が申し訳なさそうに眉を下げる。


「いいって。どうせ、こっちの方面だったんだし、時間が決まってるものでもないんだからさ」


 本当はピクニックに直行するつもりだったのだが、夏希が部活帰りに水筒を忘れてきたらしく、学校に立ち寄ることになった。


「それに、こういうのもいいじゃん。なんか、青春感っていうか」

「な、なに言ってるのよ」

「……俺も思った」


 羞恥で顔が熱くなる。


「浮かれてるんじゃないの?」

「うっ……そういう夏希こそ、浮かれて水筒忘れたんじゃないのか?」

「そ、そんなわけないでしょ。ただのうっかりよ」


 夏希が誤魔化すように耳に髪をかけた。

 案外、的外れでもないのかもしれない。


 そうだったら嬉しいな——。

 ニヤニヤしていると、無言で小突かれた。


 そのとき、ちょうどすれ違ったおばあちゃんが、こちらを見て微笑んだ。


「ふふ」

「っ……!」


 夏希がサッと顔を赤らめ、スカートの端を握る。


(なんだ、このかわいい生き物は……)


 思わず頬が緩んでしまう。

 夏希の魅力を引き出してくれてありがとう、おばあちゃん。




 それから程なくして、学校に到着した。


「少し待ってて。すぐ戻るわ」

「あぁ。ゆっくりでいいからな」


 小走りで駆けていく夏希を見送ったあと、俺は邪魔にならないよう、校門の傍に寄った。


「マジ疲れたねー」

「このあと絶対寝るわ」

「それなー」


 時刻は昼前。部活帰りの生徒の姿もちらほら見かける。

 しばらくすると、見慣れた顔の女子生徒が、俺に手を振ってきた。


「おーい、白石(しらいし)君!」


 クラスメイトの鈴宮(すずみや)(みどり)だった。

 二言三言だけ言葉を交わし、去っていく。


 その背中から視線を外すと、ちょうど夏希が戻ってくるところだった。

 なんだか、不機嫌そうな表情だ。


「おかえり。あったのか?」

「えぇ。それより——」


 夏希がスッと瞳を細める。


「翠に何を言われていたの? 顔、赤くなってたわよ」

「っ……見てたのか」


 俺はポリポリと頬を掻いた。


「格好良くなったとか、言われた?」

「……えっ」


 一瞬、なんて返せばいいか迷った。

 けど、夏希の目がどこか不安げに揺れているのを見て、慌てて首を振る。


「いや、違うよ」

「じゃあ、なんなのよ?」


 夏希がじっとりと見上げてきた。

 俺は後頭部に手をやりながら、


「いや、その……イメチェンしてもっとお似合いになったね、ってさ」

「っ……!」


 夏希の動きがぴたりと止まり、顔がみるみる朱に染まっていく。


「そ、そう……」


 それだけ言って、彼女はポーチの持ち手を撫でるように指先でなぞった。


「ありがとな。溜め込まないで、ちゃんと聞いてくれて」

「当然でしょ。私はふて寝なんかしないもの。……誰かさんと違ってね」


 その言葉に、思わず苦笑が漏れた。


「いや、そっちは一週間ふて寝してただろ」

「あ、あれは付き合う前だからノーカウントだし、一週間じゃなくて五日よっ!」


 夏希が慌てたように声を上げ、そっぽを向く。

 五十歩百歩だろ——。

 喉まで出かかったセリフを、なんとか飲み込んで、俺は軽く笑った。


「はは、ごめんな。——ほら」


 手を差し出すと、夏希は目を見開いたあと、そっとまつ毛を伏せた。


「……特別に、誤魔化されてあげる」


 そう言いながら俺の手を取り、言い訳のように続けた。


「お出かけだからとかじゃなくて、忘れ物に付き合わせたお礼って意味よ。勘違いしないでよね」

「わかってるよ」


 俺が笑いながらうなずくと、夏希がぎゅっと力を込めてきた。


「ちょ、痛い痛い」

「……ふん」


 夏希はぷい、と顔を背ける。

 しかし、その口角がわずかに上がっているのを、俺は見逃さなかった。


 


 学校の最寄り駅から数駅離れたところで、電車を降りる。


「俺、ちょっとトイレ行くよ」

「じゃあ、私も」


 小用を足すと、鏡で軽く髪型を直す。

 出口から少し離れたところの柱に寄っていると、外国人の女性が近づいてきた。


「Excuse me! How can I get ——」


 ちょ、ちょっと待ってくれ。

 いきなり流暢(りゅうちょう)に話されてもわからない。


 カタコトでなんとか英語がほとんどしゃべれないことを伝え、ゆっくり話してもらう。

 どうやら、どの電車に乗るべきかを教えてほしいようだった。


「えっと……フォー」


 指を四本突き立てると、四番線であることはわかってもらえたらしい。


「Ah, OK!」


 女性は満面の笑みを浮かべて、指で丸を作った。

 なんとか伝えられてよかった。

 そう安堵の息を吐いていると——、


 ——ちゅっ。

 頬に柔らかい感触と、リップ音が耳元に響いた。


「……へっ?」

「Thank you!」


 女性はぶんぶんと手を振り、軽い足取りで去っていった。


 ……キス、されたのか。

 俺が呆然とその背中を見送っていると、


「——澪?」

「っ……!」


 おそるおそる振り返ると、案の定、夏希が腕を組んで険しい表情を浮かべていた。


「あっ、いや、どの電車に乗ったら良いか聞かれて……ごめん」


 言い訳しようとして、キスされたのは事実なので、素直に頭を下げる。

 頭上から、軽く息を漏らすような音がした。


「……別に、責めてはないわよ。意図したものじゃないのはわかってるから」

「あぁ……ありがとう」

「それより、早く行きましょう」

「そうだな」


 ちょっと微妙な雰囲気になりつつ、郊外にある広い公園を目指す。


 手はつないでいるものの、会話もあまり交わさないまま歩き続けること、数分。

 人気の少ない路地裏に入ったところで、夏希が前方を指差した。


「あれ、何かしら?」

「えっ、どれ——」


 俺が目を凝らした瞬間、頬に柔らかいものが押し当てられた。


「……えっ?」

「す、隙だらけなのよ、澪は」

「っ——!」


 薄暗い路地でも、夏希の顔が真っ赤なのがわかる。

 俺もそうなんだろうけど……今のは、反則だろ。


 反射的に抱きしめそうになるけど、ここは外だ。抑えないと。


「い、行くか」

「そ、そうね」


 俺がぎこちなく歩き出すと、夏希も我に返ったように着いてくる。

 先程とは違った意味で、気まずい空気が流れた。


「あっ、夏希、こっち」


 角を曲がるタイミングで、俺は夏希の反対側に周り、手をつなぎ直した。


「どうしたのよ?」

「いや、危ないからさ」

「っ……」


 俺が道路側を歩こうとしていることには気付いたのだろう。

 一瞬だけ立ち止まりかけた夏希だったが、すぐに小さく息を吐く。


「……ありがと」


 そう囁く彼女の目元は、緩やかに弧を描いていた。




◇ ◇ ◇




「結構人いるな」

「日曜日だもの。仕方ないわ」


 公園には、遠足帰りの家族連れや、カップルらしき高校生、ピクニックを楽しむ大学生たちの姿があった。

 園内をぐるりと歩いたあと、俺たちは木陰のベンチに腰を下ろして、それぞれ持ってきた弁当を広げた。


「なぁ、夏希。卵焼きでも交換しないか」


 ふいに、俺がそう提案すると、夏希がきょとんと目を瞬かせる。


「……澪から言ってくるなんて、珍しいわね」

「いや……また、夏希のが食べたくてさ。それ、自分で作ったんだろ?」

「……そうだけど」


 夏希は素っ気なくうなずいた。ん、と弁当箱を差し出してくる。


「じゃあ、失礼して」


 俺は夏希の弁当から卵焼きをひとつ取り出した。

 夏希も無言で俺の卵焼きを取っていくと、そのまま口に運ぶ。

 俺は鼓動が早くなるのを感じつつ、それを見守った。


「……あれ?」


 夏希が箸を止め、小首を傾げてこちらを見た。


「なんか……少し甘い?」

「うん。ちょっとだけ、砂糖入れてみた」


 俺は照れ笑いを浮かべながら、肩をすくめた。

 夏希が目を見張る。


「澪が作ったの?」

「あぁ、お返ししたくてさ。夏希は甘いほうが好きだろ?」

「……まあ、そうだけど」


 夏希は再び一口食べると、ぽつりとこぼした。


「うん、意外とうまいじゃない」

「本当か?」

「こんなところでお世辞は言わないわよ」


 淡々とした口調で言いながら、彼女は口元をほんの少しだけ緩めた。


(……よしっ)


 俺は小さくガッツポーズをした。早起きした甲斐があった。

 今ごろ、卵焼きの残りを食べてくれているであろう父さんと母さんにも、帰ったらもう一回、お礼を言わないとな。

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