第1話 すれ違い
新作です!
放課後、夕陽に照らされた帰り道を歩きながら、俺はふと思い出して口を開いた。
「夏希、また告白されたんだって?」
隣を歩く幼馴染の篠原夏希が、軽く眉をひそめる。
「誰から聞いたの?」
「いや、クラスの女子が話してたからさ」
「……そう」
夏希は足元の小石を蹴飛ばした。どこか、機嫌が悪いみたいだった。
俺は努めて明るい声を出す。
「相変わらずモテてるな。何人目だ?」
「二人目だけど」
「えっ、それだけ? もっといると思ってた」
「二人だけだってば」
夏希の眉間のシワが濃くなる。
「ごめん。しつこかったな」
「ううん、こっちこそ、言い方キツくなってごめん」
夏希が瞳を伏せた。
(入学してちょっとしか経ってないけど、もっと告白されていいと思ってるんだろうな)
その自己評価は正しい。
夏希は、モデルにスカウトされるほどの美貌とスタイルを持っている。幼馴染補正を抜きにしても、まず間違いなく学年一の美少女だ。
「うちの高校のやつら、見る目なさすぎだろ……」
「見る目あるから、じゃないの」
思わずもれたつぶやきに、夏希が素っ気ない口調で返してきた。
「えっ? どういう意味だ?」
「……ううん、なんでもない」
夏希は小さくため息を吐き、首を振った。
少し間を置いてから、思い直したようにポツリとつぶやく。
「……澪がいるから、みんな諦めるんでしょ」
「っ——!」
その拗ねたような口調に、俺はハッとする。
夏希が不思議そうに眉を上げた。
「どうしたの?」
「いや……別に」
「……ふーん?」
夏希は探るような眼差しを向けてきたが、追求はしてこなかった。
それから夏希の家に着くまで、無言の時間が続いた。
「じゃあ」
「うん、また」
別れるときも、どこか気まずい雰囲気だった。
夏希とは、いわゆるお隣さんだ。彼女を見送ってから一分と経たないうちに自室に入ると、俺は制服も脱がずに布団に体を投げ出した。
「俺が、夏希の邪魔をしてたんだな……」
みんなの見る目がなかったわけじゃない。
俺が幼馴染ってだけで我が物顔で隣にいるから、誰も夏希に近づけなかったんだ。
『迷っても困るし、一緒に行こうよ』
入学式の日、そう誘ってきたのは夏希だった。
今思えば、知り合いがいなくて不安だったんだと思う。ああ見えて、意外と人見知りなところがあるからな。
でも、俺はその時の言葉を都合のいいように解釈して、中学までと同じく、当然のように迎えに行くようになった。
(向こうから誘った手前、そういうつもりじゃなかった、なんて言い出せなかったんだろうな)
夏希は素直じゃないけど、誠実な女の子だ。
だからこそ、俺と登下校している状態では、誰とも付き合おうとしなかった。
——俺が、夏希の青春を邪魔していたんだ。
『澪がいるから、みんな諦めるんでしょ』
あのセリフは、それを伝えてきていたんだろう。
ぶっきらぼうな口調は、いい加減イライラしてた証拠に違いない。
お邪魔虫本人に告白された話を振られて、しかも「他の奴らは見る目ない」とか言われたら、腹が立つのは当たり前だ。
「……潮時だな」
俺は鉛のように重い腕を動かして、ポケットから携帯を取り出した。
メッセージを打ち込み、ひとつ息を吐いてから送信する。
——明日から、別々に行こう。
——えっ、なんで?
すぐに既読になったかと思えば、間髪入れずに返信が来た。
俺が自分の立場を理解したのか、気になってたんだろう。
——幼馴染とはいえ男女だし、さすがに高校生なんだから別々に行くべきかなって思った。
今度は、返信が来るまで少し時間がかかった。
——そっか。
やがて送られてきたのは、淡白な一言だった。文章から感情は読み取れないけど、たぶん、ホッとしているんだろうな。
自嘲の笑みを浮かべていると、追ってメッセージが来た。
——じゃあ私、先に行くね。
「……なるほど」
時間が被らないように、ってことだろう。
——了解。
その一言を最後に、俺たちの「会話」は終了した。
最後に夏希がスタンプを送ってこなかったのは、もしかしたら初めてかもしれない。
事実だけを見れば、ただ別々で登下校するようになっただけ。会おうと思えば、すぐに会える距離だ。
それなのに、夏希との関係そのものが終わってしまったような、そんな気がした。
◇ ◇ ◇
週明けの月曜日、俺は普段よりも遅めに家を出た。
夏希の家に向かいかけてから、苦笑しつつ踵を返す。
(これからは、わざわざ遠回りしなくていいんだな)
お隣さんとはいえ、夏希の家は学校とは反対方面にあったから、数十歩分は近くなったはずだ。
——それなのに、学校までの道のりが、やけに長く感じられた。
途中で、新築の工事現場の横を通る。
(いつの間にか、ほとんど完成してるな……ついこの前、着工したばかりだったはずだけど)
最近の建築スピードは凄まじいものだ。
教室に入った瞬間、声にならないざわめきが広がる。
(夏希が先に来てるんだから、もう別々に登校してるのはバレてるはず——ん?)
斜め前の夏希の席には、まだカバンも制服も置かれていなかった。
(先に行くって言ってたのにな。寝坊か?)
毎朝、夏希はチャイムを鳴らすと、すぐに顔を見せていた。
(朝に弱いイメージはないけど……)
しかし、それからも彼女は姿を見せなかった。
やがてチャイムが鳴り、担任が教室に入ってきて、ホームルームが開かれる。
——そこで、夏希の欠席が知らされた。
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