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コールドケース  作者: aqri
警視庁特殊課承認チーム
89/91

6 人ですが、何か?

 音。音といっても幅が広すぎる。会話をすることが、笛吹が言葉を発することが既に攻撃だというのか。ありえない、それじゃあ彼と会話している者は全て等しく苦痛を与えられているということになってしまう。今までも葛薫など一般人と会話をしていた。

 いや、そういえば彼は普通ではないのだった。佐藤も、ここの課長も、大月も、みんな。それらを無効にする(すべ)を持っていてもおかしくはない。

 山吹も持っていたか? いや、持っていない気がする。自分が来る事を予測していたのに紙切れ一枚しか持っていなかった。まさか、山吹は、耐えていた? 常日頃あんなに事件のおさらいや承認のための会話をしているというのに。なぜ二人がいる事務所は地下一階なのか。保管庫から近いからだと思っていたが違う、隔離されていたんだ。

 まずい、完全に想定外だ。過去言霊を操る者はいたが、笛吹の場合は言葉ではない。空気の振動そのものだ。


「あたり」


 山吹の声が響いた。その様子に田中はぎくりとする。今山吹の体は完全に自分の管理下にあるはずなのに。


「腹減ったあ」


 クスクスと笑う山吹に、笛吹は呆れた様子だ。


「とりあえず田中さんでも食べてて下さいよ」

「もうやってるよ」


 背筋が凍るという表現がぴったりだと思う。山吹の胃が勝手に蠕動(ぜんどう)運動を始める。たしかに、胃は消化を始めている。


田中を。


「っ!」


 黒い霧のようなものが一気に山吹から吹き出た。しかし笛吹が指で輪を作り口にくわえ、指笛を吹くと黒い霧の姿が無理矢理人の形に固定される。上半身が男の姿、下半身はなく腹のあたりから黒いものが蠢いているだけという中途半端な見た目となる。


「笛吹の前で姿なんて見せるからだ。こいつは振動と圧縮で物を無理やりにでも形作る事もできる。電子レンジと同じ原理で水分振動させて物爆発させたりとかな。余裕ぶっこいてないでここに引きずり込まれたときに俺たちのこと瞬殺してればよかったのにごちゃごちゃいろいろ考えてるから」


 言いながら山吹はしっかりと田中の左肩をつかんでいた。姿かたちを無理矢理固定されていては体を分散させることができない。山吹を、笛吹をどうにかするしかない。


「何なんだ、お前らは一体!」


 悲鳴のような声だ。人ではないくせに、普通ではない能力を持っているくせに怯えている。


「何って言われても、普通の人間ですけど」

「おれも人だよーん、お前と違ってな」

「そんなわけないだろ!?」


 どこの世界にこんな人間がいるのだ。音を、振動を操ることができて、空気を圧縮して物の固化までできる。人ならざる者である自分を凌駕する能力を持ち、支配もされず、普通の人間とは違う馬鹿力なんてものでは説明できない「力」を持っているのに。


「失礼なこと言うなよ。ちゃんとホモサピエンスの定義はウィキペディアに載ってるぞ。俺たちそれに該当してるし。お前みたいな、神様になれなかったこの世の残渣に言われる筋合いないなぁ」


 その言葉に田中は叫んだ。右腕を振りかざし山吹の心臓を貫く。今の叫びが一体何なのか田中自身にもわからない。怒りなのか悔しさなのか他の感情なのか。間違っても絶対に恐怖などではない、そう自分に言い聞かせる。

 山吹がやられたというのに笛吹は全く動こうとしない。どうせめんどくさいからとでも言うのだろう、だったら笛吹のことも始末するだけだ。そう思っていたが、がっしりと右手を掴まれた。信じられない思いで山吹を見ると、ニヤニヤと楽しそうに笑っている。


「残念でした、こんなことじゃ俺は死にません」

「普通の人は死ぬんですよ山吹さん」

「俺さっきは自分のこと人だって言ったけど、普通の人だとは言ってないし。ちょっとだけ変わった人である事は認める」

「ちょっと、ねえ。俺の知ってるちょっととは違うみたいですけどね」


 掴んでいた田中の右肩を放すとポケットから神の心臓を取り出した。特殊課で保管していた方の、純度の高い心臓。心臓はドクドクと鼓動をしている。ありえない、()()()()()()()()


「あのなぁ、これは神の心臓だって何回も会話で聞いてきただろ。なんで俺が持ち歩けると思ってるんだ。これだけ強力なパワーアイテムは笛吹は触ることはできても持ち歩くことができない。それは笛吹に心臓があってちゃんと動いてるからだ。誰も持ち運べないから棚に置いてあったんじゃねえか」


 まさか、そんなはずはない。それじゃあ山吹は。


「俺は心臓がないんだよ、だから神の心臓は一時的に俺を入れ物として認めてくれてたんだ。でも俺は『人』だからさ、神の心臓の持ち主にはなれないんだ。神の心臓を心臓として利用できるのは人間じゃない、それこそ神様だけだ」


 その時初めて山吹の表情が消えた。以前見た無表情とは違う本当に何もない「無表情」だ。


認めるしかない、誰に何を言われようが馬鹿にされようがもうどうでもいい。

怖い、恐ろしい、山吹が

山吹は左手を放すと田中の心臓に腕を突き刺した。ぐちゃぐちゃとかき回し、田中の絶叫が響く。


「ちょっと静かにしてください」


 笛吹のその言葉に田中の声が一瞬で消えた。口を大きく開いていて絶叫しているようだが声だけが出ない状態になっている。

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