11 絶対敵わない相手
水木は持っていた物をコロコロと転がして部屋の中に入れた。自分が部屋に入るつもりはないようだ。どうやら部屋に入ったら絶対に出られなくなることを理解しているらしい。転がったものを山吹が受け取る。重さは見た目通り程度で軽い。
「こっちのは結構重いけど平気?」
「軽くする方法あるので大丈夫です」
そう言うと指をちょい、と動かした。瞬きをした次の瞬間には水木の手の中に先ほど作ったフェイク品が握られている。その様子に山吹が笑う。犬歯をむき出しにした、鋭い目つきの獣を思わせる顔だ。
「取引完了だ。さっさとお帰りください。二度と来ないでもらえると嬉しいな」
「ふふ、はいはい。今後はないと思いますよ。お世話様でした」
ペコリと会釈するとそのまま水木はその場を後にした。完全に気配が消えたことを確認すると山吹は、はあ~とため息をついて床に座る。
「マジかよー」
「……」
「減給とか処分にならないためには何が何でもこれを証拠品としておさめないとなあ。どうしよ、入れ物。さっき作ったやつなら佐藤さんとかに調達してもらえるかと思ったのに。本物の神の心臓くれって言われなかっただけ不幸中の幸いだな。アイツにとっては本物じゃだめって事か、いやもうこの辺は探る必要ないか」
「……」
「フエフキー、かえってこーい」
無表情のまま、瞳孔が開いた状態で扉を見つめ続ける笛吹の膝の裏にチョップするとガクッと体勢を崩した。受け身もとらず床に倒れこむ。天井を見つめたまま、しばらく時間が経った。
「……下顎超痛いんですけど。吹っ飛んでませんか」
「しゃべってるから大丈夫だ。悪かったって、でもあの行動はお前が悪い」
勝てるわけがない、あんな。……あんなものに。田中やハルなど足元にも及ばない。同じ立ち位置なのかと思っていたがそんなものではない。
「……そうですね、すみませんでした。チビるかと思いました」
「相手との力量の差くらい見抜けるようにならんと、体持たねえぞ。脊髄反射で行動すんな」
「はい。っていうか、山吹さんも最後ブチ切れてませんでした?」
「ありゃ切れたんじゃなくて」
「はい?」
「楽しくなっちゃったんだよ」
「なるほど。無茶苦茶やばかったんですね」
「悪かったって」
フェイク心臓を取りに来ただけで助かった。心底そう思った。悪巧みをしたり他の事にちょっかいをかけるような性格ではなかったのが本当に救いだ。田中やハルのような性質だったら手に負えない。
「田中さんどうやって捧げられると思います?」
「引きずり出すだけで俺らに会いに来るとは限らないからなあ。でもまあ勘だけど田中さんは絶ッ対、水木樋の事嫌いだと思う」
「何でそう思うんですか」
「田中さんがなりたかった存在がたぶん水木樋みたいなやつだ。超余裕で、相手の事をすべてわかっていて。わからない事に関してもなんやかんや自分の掌の上で踊らせることができる。漫画で言うとミステリアスで敵か味方かわからんポジションの奴な。水木はそれをごく自然にやってた。上から目線じゃない、俺らの事なんて興味の範疇外って感じだった。でも田中さんはそれをやろうとして失敗してるからなあ」
山吹が一つの指標となっている。いいようにあしらわれてしまった田中と、完全に意表をついてきてドアの前に来ている事にさえ気づかなかった水木。しかも今回は笛吹と二人だったにも関わらずだ。
手駒が多い田中と、自分だけで事が済む水木。小手先が通用しないこともある田中と、山吹がまったく対応できない何らかの手段を持っている水木。挙げたらきりがない、二人は比べ物にならないくらいにレベルが違う。いや、比べる対象ですらない。
「だからまあ、水木樋がやることはこれだけだ。あいつら雑魚でしたけど貴方はあの程度の連中もどうにもできないんですねって言うだけ」
「そんな事で引っかかります? 小学生の喧嘩じゃあるまいし」
「田中さんの手駒が全滅してて、ボスからプレッシャーかけられてるか無関心になられてかつてないほど焦ってて、死ぬほど嫌いな奴から嫌味じゃない事実の感想を言われたらやる気スイッチ入るんじゃね?」
「ああ、そういう状況だから水木はあのオプションをつけてくれたんですか。今田中さんピンチなんですね」
「っていう情報をくれたのもオプションの一つだ。はあ、二度と会いたくねえわ」
外部の人間をここに入れてしまった事に関しては何らかの処分が下るはずだ。だが、すぐに田中とのコンタクトがあると思うとその処分は後回しにしてもらいたいのが本音だ。
「大月さんにおねだりだな。たぶん二、三日くらいの短い期限付きで解決しろって言われるから、爆速でどうにかするぞ」
「了解です」
いろいろな者から釘を刺されるわけだ。こんな仕事をしているのだから自分たちも相当普通じゃないものを多数見てきたと思っていたが。規格外というのはあるのだなと改めて思った。アレだけでもとんでもないというのに、そのボスとは一体どれほどとんでもないのか。
「そんなのを相手しようってんだから、佐藤さんもまあまあ大概だな」
「いろいろ器用にこなす人なんでしょう。一応参考までに聞いていいですか」
「おうよ」
「水木樋って、人間ですよね?」
人とは思えない。絶対に「どうにもならない」と思わせたあの感じ。しかし、どこか確信を持って言える。
「間違いなく人間だ」




