9 交渉へ
「そうなると昔ここの場所が壊滅的なダメージを受けた事件っていうのもこれにまつわることだな。ここに収納されてればとりあえず他の奴らに狙われる事は無い。必要になったから取り出そうとしたら思いのほかセキュリティと鍵がややこしくて取り出せなくなったから無理矢理持っていこうとして被害が拡大したわけだ」
騙された者と裏切った者がいると言っていた。多大な犠牲を払って神の心臓をこのまま収めておくことには成功した。
「多分親玉さんはこの偽物の神の心臓はそこまで欲しくは無いんだろう。欲しいのはその入れ物を必死こいて作ってる田中さん達の方だ」
「親玉さんが欲しいのは本物の神の心臓でしょうしね。そりゃそうでしょう、ガラス玉とダイヤどっちが欲しいかって言われたらダイヤが欲しいに決まってます」
おそらく今自分たちが推測している事は課長や大月はとっくの昔に思いついている。山吹たちの仕事に直接関係ないから言っていないだけだ。
「俺らに関係ないって言ってもさ、やっぱり相手の目的とかわかってる方がモヤモヤはしないよな」
「そうですか、俺は別にどうでもいいですけど。ちょっと話戻りますけどこの殺人からくり箱の中身の捜索やりますか」
「もう田中さんが回収したって考えるべきだろう。やっぱり田中さんをどうにかしないと事件の承認が進まないな、逆に言えば田中さんをどうにかすればけっこうな数の証拠品が俺たちの手元に確保できるってことになる」
「あ、その内容ちょっと心惹かれます。五センチ位やる気が上昇しました」
「お前のやる気って高さなんだ」
相手を引き寄せるにはやはり神の心臓が有効だということもわかった。ハルのほうは小野寺たちが対処している。ただ自分たちはあくまで証拠品を承認するチームなので何かを探したりこれ以上の知恵を絞っても出てこない。
「葛から連絡来てます、佐藤さんからの日時指定今日の夕方四時だそうです」
「まるで俺たちがこういう結論に達するの待ってたみたいなタイミングだな」
「いいじゃないですか、誰かの手の平の上で踊り続けるのも結構楽しいですよ。楽ですし」
「お前楽なこと好きだもんな」
「楽が好きというより面倒なことが嫌いなだけです」
そう言うと笛吹は珍しく。
本当に珍しく、にこりと笑った。
「だから、田中さんも嫌いです」
底冷えするような空気とその笑顔に、山吹は苦笑する。
「お前笑った顔可愛らしいけど怖いな」
「自家撞着してますけど」
「国語辞典必要な熟語使うなよ。矛盾って言え」
「意味わかってるじゃないですか。たまには使ってあげないと可哀想でしょ、使われない単語たちも。ルイさんの例もありますし、言葉に力が宿るのなら平等に使いましょう」
「平等ねえ。秀でたものは下に落とされてクズが一定ラインに押し上げられる、卑怯でずるくて最悪な差別だよなアレ」
「平等を差別っていう人初めて見ましたよ」
「まあ、だからこそ。俺たちはどんなものも平等に扱わないといけないんだよ。物も、生き物も。ルイちゃんも、ローラーも、俺もお前もな」
「田中さんも、ですね」
カタカタ、と神の心臓が音を鳴らす。机の上で小さく震えているのだ。
「すげえ、バイブ機能があるぞこれ」
「そうですねえ。”やめてください”」
笛吹の言葉に、心臓はぴたりと止まる。敬語を使って止めたことに山吹は面白そうな顔で笛吹を見た。笛吹は自分のスマホを見る。
「葛から連絡です。佐藤さんから、四時じゃなくて今が良い、とのことです」
「ってことは、今のバイブ佐藤さんか。へえ、あの人もコレ狙いなのか。手強いなあ。交換条件で心臓よこせって言ってきそう、つーか言ってくるか」
心臓をつまむとポンポンと上に投げてはキャッチして、を繰り返す山吹に、笛吹は尋ねる。
「交渉勝てそうですか」
「無理かもしれないけど、相手の出方次第かなあ」
本当に大切な物なら棚に置きっぱなしになどしない。これの管理を完全に承認チームに任せている。何があっても自己責任で、命の保証もない。だが、命の重みなどまったくない職場だ。そんなことは管理をためらう理由にはならない。
「んじゃ、中ボス戦に向けて準備するかね」
「やっぱり体動かす系になりますか」
「こんだけ喧嘩ふっかけりゃそうだろうよ。懸念は……水木樋が出てこないと良いなって感じだ」
一瞬間があった。出てくる、と思っているのかもしれない。ボスは佐藤が、ハルは小野寺が、田中は山吹たちが。こうなると完全にフリーなのは水木樋だ。しかも関わるなと釘を刺されている。
「チームワークなさそうだし、俺らがちょっかい出さなけりゃ出てこないと思うけど。んじゃ行くか」
「はい」




