7 真相は
「資料にある通り被害状況は死亡者14名、意識不明者4名、行方不明5名。埜口万由と瀬那芳吾以外全員被害にあった。意識不明者は後に全員死亡した」
「行方不明までいるんですね」
「歌専攻の4人と担任教師。そしてBクラス担任の証言通り、体の一部がない者や一部しかない者もいた。監視カメラを見ても不審者、侵入者の類はない。事件が起きる直前のクラスの前の廊下の映像にも何もおかしなことは映っていなかった。不思議なのは、誰一人教室から逃げ出してこなかったことくらいか。Bクラス担任のカウンセリング結果を見るに、どうも目の前で人が引きちぎれたり体の一部が吹っ飛んだりってのを目の当たりにしたみたいだな」
「グロ耐性ないときついですからね。死亡者の死因は骨折、失血死、圧死、臓器破損、いろいろですね。いわゆる鋭利な刃物などの外傷はなしですか」
「それと似たような死因が集中する現場どこだかわかるか」
「いいえ」
「サーカスだ。象が暴れて手が付けられなくなったとき、客の死因はそれが多い」
見ていた資料を机に置いて、新たな資料をパソコンから開くと画面を見せた。
「ちなみに追加資料がこれ。BクラスにはAクラスの子と少し仲が良かった子が数人いた。それらの証言だ」
「これを見るに、やっぱりローラーが見えてるって嘘ついてた子はいたってことですか」
「そ。少なくとも樋口って子、さっきの埜口の証言にも出てたな。この子とその友達2名、男子が2名。何かよくわかんないけど、と愚痴をこぼしていたそうだ。瀬那の推察通り、クラス中がなんかローラー中心の雰囲気で合わせとこうとしただけなようだな。何もいないのにローラーローラーってバカみたい、と言っていたらしい。しかし不思議な事にな、事件当日の“こっちくるよ!”と叫んだのは樋口の声で間違いないと言っている」
「見えてないはずなのにって事ですね」
「一応資料の確認はここまでだ。この事件は子供の集団パニック、集団ヒステリーと位置付けられてる。行方不明者はどこ行ったんだ、何で死んだんだって謎が残ってるけどな。じゃ、ここまでを整理してお前の推察聞こうか」
「えー、いいですけど。表向きには集団ヒステリーでいいんじゃないですか。真相は巨大化したローラーが餌を求めて学校に来て、暴れてちょっとつまみ食いでもしたってことでしょう。行方不明者は腹の中、肉体の欠損があったのなら食べ残しです。目の前でいきなり生徒の体が“かじられてなくなっていく様子”を見たBクラス担任は精神を病んでしまった」
「ほうほう、んで? 見えてないっつってた子まで見えてたのは?」
「さあ? 何か見えるようになる条件でもあったんじゃないですか。最初は見えなくても餌をあげると見えるようになるとか、一定回数以上名前を呼ぶとか。見えない人間には触ることも声を聞くこともできないけど、見える人間には触れるし声も聞こえる。教室から誰も出なかったのは、ローラーがでかすぎて入り口を塞いでいたからですかね。こんな推察、前の部署で話したらブン殴られそうですけど」
「捜査一課は短気な奴多いからな。まあ合格だ、柔軟な発想できるっていう第一関門は突破だな。おめでとう新人、これからもっと大変になるけどとりあえずウチの部署でやっていけそうだな。真面目過ぎると鬱になるからそれくらいふわっといくといいぞ」
「褒められてる気がしませんけど、まあいいです。で? 資料を眺めて終わりですか今日は」
大量の紙を片付けながら聞けば、ずっと説明をしていた男はホイっと何かを手渡してきた。それはカサカサしたあの虫を捕獲するためのトラップだ。
「なんですかこれ、ゴキちゃんコイコイですか」
「調査は俺らの部署のダブルエースチームが担当、俺らのチームは“終わった”調査の最終承認」
「なんだ、終わってるんですかこの案件」
ちらりと粘着シートのトラップを覗き込めば、ピンクの何かがもぞもぞともがいている。
「どこにいたんです、これ」
「腹減らしてぐったりしてたのをエース様が見つけた。で、保管してあった被害者の指の骨をトラップに張り付けて置いといたら自分から飛び込んだそうだ。自分に餌をくれた奴じゃないとかじることができないらしい。クラス内でかなり盛り上がった時期、クラスメイトが大人数でローラーの世話に行っていた。不審に思った担任もローラーを見に行っててもおかしくない。お前の推察は合ってるぞ。そいつを地下の冷凍庫に入れて終了だ」
「はあ、コールドケースってそういう意味なんですか。文字通りのコールド」
「隠語にもぴったりだろ。これからは地下へしまいに行くのはお前の仕事になるからタブレット持ってけ。何せ馬鹿広いからな、地下倉庫。東京ドーム200個分あるから。電動バイクの充電忘れると地獄を味わうから気を付けろよ。あと筋トレしとけ、“証拠品”は時々アホみたいにデカイ時もあるから」
よく見ればトラップ表面にシリアルナンバーのようなものが書かれている。そこにしまってこい、という事らしい。
明日筋肉痛かなあと言いながらゴキちゃんコイコイを持って立ち上がると、トラップの中からブモーブモーと声が聞こえる。
「めっちゃ抗議してますけど」
「そりゃそうだろうなあ。まあ落ち着けって、冷凍されたら腹減ることもなくなるからいいだろ」
「ブモ……」
ぴたりと止まった鳴き声に、納得するんだ、と内心妙に感心した。それだけ空腹に耐えかねていたのだろう。何せ事件から九年も経っている。
「この件は生徒からの嫌がらせによって精神を病んでいた担任による凶行、監視カメラは数か月前に壊れていたのを学園が修理せず放っておいたので映像がない、生徒数名を誘拐して担任は今も行方不明、ってことになる予定だからよろしく」
「担任の専攻科目は歌、ああ、だからですか。資料だと実際に四人組には手を焼いていて悩みを同僚に相談してたみたいですし、まあそれが一番しっくりきますかね。じゃあ行ってきます」
そう言うと地下に続くエレベーターへと乗った。地下に着いてエレベーターの扉が開くと、そこはあまりにも広すぎる部屋。ファンタジー世界のような大量の本棚が並び、案内図があちこちに示されている。エレベーター横にある電動バイクにまたがり、タブレットを見ると。
「……冷凍庫ここから6km先か」
「ブモモ」
「わかったって、すぐ行くからちょっと待ってくれ」
「ブモ~?」
「ダメ」