5 ガチの神様
髪の毛をつかまれそのまま地面に叩きつけられる。島谷を殺したようなことを叫ぶ三池に、悔しさと怒りがこみあげる。悲鳴を出させないために口を思いっきり掴まれた。包丁を振り上げる動きがやけにゆっくりに見える。
私も死んでしまうのか、こんな奴に殺されて。ごめん優香、私とんでもなくバカだった。目に涙を浮かべてそんなことを考えていた。
一粒の涙が、目からこぼれ落ちる。ぴちょん、と地面に涙の粒が落ちた。
「ぎゃあ!?」
三池が悲鳴をあげて地面に転がりまわった。何が起きたのかわからず急いで起き上がって三池を見れば。
「ひっ……」
湖出も小さく悲鳴をあげる。なぜなら三池の右手がないのだ。包丁をつかんでいた手は自分のすぐ近くに転がっていて、慌ててその場から飛びのいた。尻餅をつきながら必死に後ろに下がると何かにぶつかりびくりの体を震わせる。
慌てて見上げるとそこには一人の女性が立っていた。どうやら彼女の足にぶつかったらしい。
助けてください、ここは危ないです、そんな言葉は全く出てこなかった。なぜなら彼女の顔は氷のように冷たくまっすぐ三池を睨んでいた。自分がぶつかったことさえどうでもいいような、気づいていないかのように何の反応もない。
「よくもやってくれたな」
女性が静かに言う。一瞬自分のことを言われているのかと思い湖出は黙り込んでしまったが、女性は三池を見続けているのでどうやらあいつに言ったらしいと理解できた。
「私が縁を広げた者。その命を奪ったばかりか、あの水辺に捨て置くとは。許さない」
殺気立つとはこういうことなのだろう。女性の存在がとてつもなく恐ろしいものに思えた。そしてその女性はゆっくりと三池に近づいていく。腕が切断されもがき苦しんでいた三池だったがようやく女が近づいてきていることに気づき、しかも右手を奪ったのはこいつだということにも気づいたらしい。ほとんど聞き取れないような裏返った声で罵詈雑言を浴びせるが女性は全く気にした様子もない。
「味わってもらおうか、お前にも。あの子の苦しみを」
そう言うと湖出が瞬きをした次の瞬間には二人とも消えていた。腕も包丁もない、あるのは血だまりだけだ。
「え、え?」
何が起きたのか訳がわからず呆然としてしまう。いったいあの女性は何だったのか、なぜ二人は消えてしまったのか。
「本来だったら調査チーム以外が事件の途中で首突っ込むのはルール違反なんだけど。今回はちょっと事情が事情なだけに別のチームが動いた。笛吹はまだ会ったことないと思うけど」
「そういえば全部で四チームいるんですもんね。今回出たのは?」
「俺は掃除チームって呼んでる。要するに一般人の目に触れたり記録として残って欲しくないものをちょうどいい感じに整理整頓するチーム」
「ああなるほど。その出来事の記憶を消して、血だまりもきれいに掃除したってことですか」
「そういうことが起きたっていうの覚えてもらってるのも困るし、事件として警察に通報されてもちょっとまずい。まずい主な原因はその鏡ショップの店員さん、さっきも言ったけどガチで人間じゃないからさ。その後の影響とか考えて先手打ったみたい」
しかも相当お怒りの様子だった、というのは掃除チームの終わった後の感想だった。厄介な存在だ、自分のやりたいように行動しそれが周囲にどんな影響があるのかも全く気にしない。
「島谷は殺された事もそうですが遺体をポイされた場所が問題だったってことですか」
「大月さんの話では神様にも縄張りがあるそうだ。その溜池はその神様の縄張りだったんだろうってさ。そりゃ自分の庭でそんなことされたらブチ切れるわな」
殺されて捨てられたのは自分が手助けをした人間。己を疑うことなく素直に言葉を信じて感謝までしてくれた。神は自分を褒め奉る相手にはとても優しい。それを一方的な理由で殺されしかも自分のテリトリー内に捨てられた。許せるはずがない。
「神様の怒りが収まらないと判断して先に後処理をしたってことですね。じゃあ結局杯はないままですか」
「本来だったらその杯を証拠品としてこっちで承認して終わりだったんだけど。状況から考えて喪失したんじゃなくて神様が回収しちゃったっぽいんだよな。神様の物持ってくわけにもいかんだろ、ただでさえブチ切れ案件なのにこれ以上下手なことできないってことで保留だったんだよこれ」
しかし今回葛が何とかできると山吹は踏んだ。しかも下の名前まで知っている。明らかにコールドケースに関わっている。直接関わっていないと言っていたので間接的にということだろうが。
「さて、飯奢るくらいじゃ安すぎるからどうしようかな。何やれば喜ぶ人なんだ?」




