3 殺された彼女
店に行って事情を説明し二十万を支払う。店員は微笑みながらありがとうございましたと言った。
「教えてもらってもいいですか。結局水鏡って何なんですか」
「今のあなたになら話してもいいかもしれません。ただ他の人が聞いたら怪しい話だと思いますので、あなたの胸の内に留めておいてください」
「分りました」
「あなたの仲の良い友人に水が関わる名字の方が二名いらっしゃいませんか」
言われてすぐに思いついたのはこの店を紹介してくれた一番仲の良い友人、葵が浮かんだ。彼女の苗字は湖出、湖が入っている。次に浮かんだのは幼馴染の男友達の三池、池も水だ。
「いますね」
「水は流れるものからとどまるもの様々です。そして姿を映すことから鏡のように扱われる。鏡は良くないものを跳ね返します。二人に跳ね返された悪いものが全てあなたに来てしまったのです。あなたの苗字、谷が入りますよね」
予約をするときは個人情報を入れていない。示されたアドレスにアクセスをしてQRコードをダウンロードしただけだ。だがもうこの店員が自分のことをここまで言い当てているのは受け入れられた。
「谷は雨が降れば水が落ちる場所です。ひたすらに流れ落ちるものを受け入れる。あなたはそういったものの受け皿になってしまっていたのです」
「だから私も水を持ったということですか」
「水が三つ揃うと水鏡といって強い守りの力が生まれます。人生は出会いと別れがある。どちらかお一人が離れた時は水鏡は不要です」
「そんな会話をして島谷は店を出た。ここでもっと詳しいことが知りたいとか、何なんだこの店はみたいな反応するような人間じゃなかったんだな。不思議な体験をしたというのと、ありがたいことをしてもらったなという感謝の気持ちでいっぱいだったそうだ。そのことは家族や友人にもよく話していた」
「絶滅危惧種みたいな良い人なんですね」
「良い人、だった。ファイルに書いてあるように島谷優香はもうこの世にいない。そして、ここからがやっかいなことになってきた」
遺影は満面の笑みを浮かべている。通夜に参列した人たちは突然の訃報に悲しみをこらえ切れず泣き崩れる人も多かった。ちょっとついてない人だったけどいい子だった、それが周囲の印象だ。父親はうつむき母親は棺にすがりついて泣いている。湖出も三池も涙が止まらない。
「優香、どうして、どうして……!」
湖出はその言葉を繰り返しハンカチで顔を覆っている。教えてもらった鏡の専門店で買った物のおかげで、体調も良くなったしなんかちょっといい感じになってきたよ。教えてくれてありがとう、そう言って笑っていたのに。
どんな鏡を買ったのかと聞いたら、明るく笑いながら見てびっくりしないでよ、今度家に泊まりにおいでよと言っていた。結局それを確認することのないまま彼女は帰らぬ人となってしまった。
自殺なのか事故なのか他殺なのかもわかっていない。島谷は家からだいぶ離れたところにある溜池に浮いているのを散歩していた人が見つけた。死因は水死、外傷や争った形跡はなく溺れて亡くなったのだろうということだった。ただしこの溜池は人の腰位までの高さしかなく、普通に考えれば溺れる事は無い。雨が降って増水していたわけでも足を滑らせて落ちたとしても溺れる事は可能性としては低い。島谷からはアルコールや薬物、睡眠薬等は検出されておらずなぜ彼女がここで溺れてしまったのかがわからなかった。自殺にしても自分から水死などできない。眠っているときに連れてこられ無理矢理頭を水に突っ込まれて押さえつけられるなどならわかるが。
悩んでいるような様子などない、むしろ良いことが続いてうれしそうだったということを考えれば自殺は絶対にないと湖出は考えていた。
思いつくのは鏡の店に話を聞くことだ。何かおかしなものを売りつけなかったか、鏡を買ったときに彼女に何かおかしな様子はなかったのか。警察にはそれを話して調査をしてほしいと頼んだ。
後日警察から聞かされたのはその店は存在していないということだった。店の登録もない、ネットショップもない、閉店したというのではなく最初からないようだと。そんなはずはない、女の子たちの間で流行っていたと言えばその店が怪しいということで再び追跡調査をしてくれるということだった。しかし結局店は見つからないまま。
そして島谷の両親に部屋にあるであろう鏡を見てもいいかと頼むと快く了承してくれたので、彼女の両親の立ち会いのもと部屋に入ったのだがそれらしい鏡は全く見つからなかった。おかしなものもない。
その店員が彼女を殺したとは思っていない。だが絶対に何か知っているはずだ、そう考え出来る限りの事はやった。情報提供の呼びかけ、店を利用したことがある人へのコンタクト。しかし有益な情報は全くなかった。




