3 黒いアレが出ました
その時スマホから通知が鳴った。そっちの様子どうよ、と山吹からの連絡だ。おそらくパソコンのチャットツールにも来ているのだろうが返事がないからスマホに送ってきたようだ。アプリを開き音声入力に切り替え返事を送る。
「ハエタタキ持って黒いのと戦ってます」
するとすぐに返事がくる。
”ゴキブリでも出たか”
この文面なら確かにそう捉えても仕方ない。
「まぁそうですね、似たようなものですよ。名前忘れましたけど、馬鹿女子高生ですから相手」
喋りながらそう返事を送ると黒い影が一回りも二回りも大きくなる。なんだろうと思ったが、ああなるほどとようやく思い立った。
「この程度のことで怒るのか」
つまらない、そう思った瞬間に一気に興味が失せた。確かに取るに足らない相手にするだけ馬鹿馬鹿しい時間の無駄だ。
はあー、と大きくため息をついて再び勢い良く突っ込んでくる影を力の限り踏みつける。
まさか物理攻撃で押さえつけられると思っていなかったらしくキーキーと悲鳴のようなものをあげながら黒い影は足の下でもがいているようだ。踏んだのは目玉の部分だ、踵で器用に一つの目玉を踏みつけていた。
「見逃してあげるからさっさとチャンネル切れば。じゃないとお前が死ぬけど、えーっと名前忘れたけど。馬鹿でいいか」
この黒いものは彼女そのものではない。ただの使いっ走りだ、意識をつなげているとでもいうのだろうか。意識がつながっている状態で危害を加えたらあちらにも確実にダメージが行く。放っておけと言われているしむやみにつつくなとも言われているので、笛吹としてはさっさとトカゲの尻尾切りをして欲しかった。
次の瞬間ぞくりと背筋が凍るような悪寒を感じる。大きく後ろに飛びのくと、影のいるところにさらに巨大な影ができて一気に飲み込んだ。ぐちゃぐちゃと噛み潰すような音が聞こえ電子音のような悲鳴とわずかに女の悲鳴が聞こえた。
意識の共有を切るのが一瞬遅れたようだ、死んではいないだろうがおそらく今頃それなりに怪我をしているかもしれない。
「相変わらず容赦ないな」
誰が巻き込まれようが死のうがあまり興味がない小野寺の相方からの突然のセコンドにぽつりとつぶやいた。コンマ数秒でも遅れていたら今頃噛み潰されていた。そしてすぐにダダダ、と走り寄ってくる音がしてバタンと勢い良く扉が開く。
「助けに来たぞー。って、あれ?」
なんとなく何かあったんだろうなと察したらしい山吹がニコニコと笑いながら入ってきたが、たたずんでいる笛吹を見て首をかしげる。
「どうした、黄昏てるハムスターみたいな顔して」
「例えが微妙にわかりづらいんですけど」
「ペットショップとか行くとたまにいるんだよ、何もないところをじっと見つめたまま俺って何のために産まれてきて生きてるんだろうな、みたいな感じで微動だにしないハムスター」
「今度ペットショップ行ってみます。とりあえず、えーっと。すみません本当に名前忘れたんですけど、馬鹿女子高生のパシリが来て。追い払おうとしたら最強のセコンドからのワンパンによりパシリが食われました」
「なるほどな、お前が自力で避けてなかったらお前も食われるところだったと。容赦ないな。違うか、興味がないのかな」
間違いなく後者。まあいいか、と気持ちを切り替えて黒い影が荒らしていった部屋を片付ける。
「田中さんじゃなかったか」
「分かり切った挑発には乗らないみたいですね。とりあえず別の手を考えましょう」
黒いものが入ってきて一度入ったら二度と出られない。まるっきりあの黒いかさかさした生き物をとらえるトラップそのものだなと思いながら、笛吹はノートパソコンをデスクに置く。
「そういえばこの机何でできてるんですか。すごい頑丈でしたけど」
「さあなあ。俺がここに来た時からあるから。とりあえず課長からは鈍器にはなるから使っていいぞって言われた」
「なるほど、超合金か何かみたいですね」
使っていいと言われても笛吹の腕力で持ち上がるはずもない。今後は何かには使えるかと思いパソコンを立ち上げて部署内のチャットツールにメッセージを入力した。
”田中さんじゃない方が来ました、黒い影に食われました”
そういえば来たのも黒い影だったと思っているとすぐに小野寺からメッセージが届いた。
”生きていたようで何より”
”五体満足です”
そこまで打ってなんとなく思いついたので山吹に問いかける。




