8 村上の最後
「なんかめんどくさい雰囲気を察知したんですけど」
「話聞いてるだけなのに良い勘してるな。まず加藤が何だか知らんがそこでブチ切れて村上に逃げるようにって騒ぎ始めた。本人は自分で警察に来てくれるって言ってんのになんでそっちに思考がいったんだかよくわからん。ま、信者なんてそんなもんだな。安達パイセンも腕折れてんのに犯人確保しようと必死だった。加藤を突き飛ばして村上を捕まえようとしたんだけど」
「絶対無理でしょ。飛んできた扉弾き飛ばすような女子を素手で捕まえられるわけないし。そこんとこ覚えてないんですがその人」
「目の前のモノがただの人間じゃないって言う認識ができてなかったっぽいな。自分が捜査一課に帰るための重要な手土産としてしか見てなかったんだ。だからまあ大体想像通りの事態にはなった」
「具体的にはどんな」
「村上のご機嫌が斜めになった。安達パイセンはボッコボコ。俺、女の機嫌の直し方なんて知らねえし、あちゃーって感じで見守ってた」
またどこかの骨が折れたらしい安達は断末魔のような悲鳴をあげていた。それをひどく冷めた目で村上紗智子が見下ろしている。
そして突き飛ばされた拍子に怪我をしたらしい加藤美帆もフラフラしながら村上の手を掴む。
「今のうちに早く逃げないと!」
村上紗智子は手を振り払うでもなく、同意するでもない。人形のように無表情になり周囲をゆっくりと見渡した。そして再び手に持っていた何かのリモコンを操作すると人間だった者たちが凄まじい叫び声をあげた。水の中だというのにその声はくぐもることなくはっきりとした悲鳴が鳴り響く。そこら中から聞こえる叫び声に加藤はびくりと肩を震わせた。
「一応後始末をしていくわ。これを証拠として献上されても困るしね」
「何が何でも君自身でなきゃだめってことか」
「お手並み拝見、てとこかな。がんばってね新人刑事さん」
加藤や安達には見向きもせずあくまで山吹だけを見つめながらそう言った後に引っ張られるように外に駆け出して行った。それを憎々しげに見つめながら待てと叫び安達が後を追う。山吹は後を追わずにその場に残った。
「ざっくりこんな感じ。ちゃんとその通りに資料書いてあるだろ」
「本当にそのまま書いてあるからわからなくて聞いたんですよ。それでここに書いてある通り、その後村上紗智子は死亡したわけですね」
「その後の事は捜査一課の仕事だから詳しくは知らない。何か逃走劇がいろいろあったらしいけど。安達さんも帰ってこないし報告書どうやってまとめようかなって思ってたら課長から指示が来てさ。指定された場所に行ったら村上紗智子が死んでた」
そこはとても美しい水平線が見えると有名な崖だった。見晴らしの良い場所にリクライニングチェアが置かれ、そこに座ってまるで眠るように村上紗智子が死んでいた。外傷は特になく見ただけで本当に眠っているようだった。
なんで崖かなあと思っていると、村上の手に一枚の便箋が握られているのが見えた。開いてみると。
“だって、二時間刑事ドラマとか、犯人は最後崖に行くでしょ”
「だって、から始まってるあたり完全に俺宛だなと思って回収した。証拠品としてじゃなく個人宛の手紙だったみたいだから。課長も特に咎めなかったし」
「村上の死因は何だったんですか」
「解剖してないからわからん」
「司法解剖なし?」
「なんでやらなかったのかは知らないけど何か上の事情があるんだろう。そして被疑者死亡、ただそれが自殺なのか他殺なのかがわからないからまだこの事件は捜査の途中らしいけど」
「絶対捜査一課では加藤美帆による殺人で、彼女が模倣犯として事件を起こすんじゃないかって調べているころでしょ」
「そりゃそうだな、加藤美帆は村上紗智子を心から崇拝してた。偶像かもしれないが絶対こう考えていたはずだ、“私も村上紗智子のようになりたい”ってな。自宅からは動物を使った実験みたい物も残ってみたいだ。どうでもいいけど」
「村上紗智子は家族父親以外にないんですか。どこに弔われたんですか?」
「それが非公開なんだよな。だからまあつまりはそういうことだよ」
背後にジリジリと迫りつつある気配に山吹は小さく笑った。そして一気に飛び出してきたものに向かって近くにあった掃除用具を投げる。投げたのは中身の道具ではなく掃除用具を入れているロッカーそのものだ。見事に直撃しギャッと悲鳴が聞こえた。
「あの時の会話を整理して、なんとなくこういう場所があってこういう仕事をして証拠品を持ち帰っているんじゃないかって推測をして。村上紗智子を証拠品として保管してるんじゃないかって踏んでわざわざ探しに来たわけだ」
凄まじい勢いで掃除用具ロッカーが山吹めがけて飛んでくるがそれを余裕でキャッチすると元あった場所に戻した。




