1 侵入者
「大変だぞー笛吹」
出勤すると全く大変そうでは無い雰囲気の山吹が声をかけてきた。
「何かあったんですか」
「結論から先に言うとな、保管庫に侵入者。今現在の話」
その言葉を聞いて普段顔面の筋肉ちゃんと使ってるのかと聞きたくなるくらい無表情の笛吹は珍しく目を丸くする。
「鍵を全部抜けてきたってことですか。そりゃすごいですね」
「だろ? 只者じゃなくね?」
警察署にあるコールドケースを取り扱う特殊課。迷宮入りと言われた事件のあらゆる証拠品を厳重に保管、管理している。そのためセキュリティは厳重にかけられていた。
アナログな実際の鍵、生態認証による電子ロック、定期的に変わるパスコード。それに加えてチートのような「鍵」。
「一番頑丈な鍵もですか」
「そっちは使われたり破られたりっていう形跡が全くないんだよな。つまり鍵を開けたんじゃなくて、すり抜けたってことだ」
内線がかかってきて山吹が取る。敬語で話しているのでどうやら課長と話しているようだ。説教から入るなら長いかな、と思っていると意外にもあっさりと話を終え受話器を置いた。
「減給ですか、ボコボコにされますか、今日が命日になりますか」
管理は山吹と笛吹の二人に任されている。たとえどんな事情があっても侵入を許すのはあってはならない事態だ。
「安心しろ、今のところはまだ何もない。どうにもできなかったらそのフルコースだと思うけどな。どうやらまだ侵入者は地下の倉庫にいるらしい。逃がさずとっ捕まれば俺たちは平和に明日を過ごせるってわけだ」
部屋の外からガシャン、ガシャンという重い何かが動くような音が聞こえた。笛吹がチラリと扉の外を見ると鉄格子が降りてきている。
「捕まえるまで俺たちも出られないってことですか」
「そういうことだ。じゃ、気合入れて捕まえに行くか」
「それは別にいいんですけど。侵入者の心あたりとか手がかりとかは?」
「たった今課長からそれを聞いた。心当たりは俺がバリバリにあるやつだから安心しろ。道すがら説明するわ」
長丁場になるらしく、山吹は飲み物や軽食を持って行けと笛吹に言った。山吹はタブレット操作するとホイッと手渡してくる。
「今回関わってるのは昔証拠品を承認してもう終わった事件だ。俺は冷水グッピーって呼んでる」
「またすごい名前ですね」
「二時間ドラマのサスペンスもびっくりのサイコ事件があってな。この事件の証拠品はすでに保管してるわけだ。たぶんそれが狙いだろうって」
「また随分とざっくりですね」
「過去取り扱ってきた事件の中で全て事務処理が終わっていても、ちょいちょい取りこぼしが残ってるのはこの件だけだ」
二人はエレベーターに乗り下に降りてくる。笛吹が渡されたタブレットの資料を見ると確かに備考欄に同じようなことが書かれていた。資料のタイトルは「冷水熱帯魚事件」。冷水グッピーと言っていたのは文字通りの意味なんだなと笛吹は納得する。
エレベーターがつくと山吹は周囲を見渡した。資料や棚はそのままだ、ひっくり返っていたり漁られた様子はない。ついでに侵入者用のトラップも起動した様子もないのだが。
「よかった、荒らされてはいないみたいだ」
「荒らされてたら片付けしなきゃいけないですからね」
「どうせ目的の資料の場所がわかんないから俺たちのことを待ってたんだろう。目的の保管場所まで道案内してほしいだろうからな」
侵入してみたら予想以上に広すぎた。それなら一つ一つ調べずに目的地を知っている者に案内してもらったほうが楽だ。今もどこかに隠れているはず。
「と言うわけで、下手に動いたりせずにまずはちょっと事件のおさらいをしよう」
「お願いします」
言いながらさっそく笛吹は持ってきたバナナを食べる。テーブルや椅子があるわけでもないので立ったまま、エレベーターの横で立ち話が始まった。
この事件は今から三年前のことだ。連続殺人事件が起きていたのだが、被害者はどれも異常な姿で発見された。
まるで前衛芸術のように、バラバラになった体に物や植物、時には動物の一部が埋め込まれていたりくくりつけられていたり。被害者が増えるにつれ体の部位を交換されたものが増え始め、どの体は誰のものなのかDNA検査をしなければ分からない状態になった。そのため捜査は難航、検査を進めているうちにまた次の被害者が発見される。自転車操業のようになり調査が追いつかない状態となっていた。
「三年前の事件なら新しいですよね。どうしてコールドケースとして取り扱われるんですか」
「表沙汰にはなってないが、この事件は二回目だ。一回目は四十年前、さすがに俺も生まれる前の事は知らないから資料で見た」




