3 おやすみ
ユピテを作ったのは海外の人形作家、本名不明の「ラザー」と呼ばれる人物だ。従来の人形の部品しか使っていないはずなのにまるでコンピューター制御されたかのように動く人形。それが1960年代から作られ売られていた。樋口はラザーの人形を好んで買っていたらしい。
「この様子だとオーダーメイドしてたっぽいな」
言いながら山吹はユピテの一撃をかわすと同時に回し蹴りをユピテの足に食らわせた。金属と金属のぶつかり合うような音が響きユピテの足がぐにゃりと曲がる。それが原因で体勢を崩したユピテは勢いが殺しきれずゴロゴロと地面に転がった。
「あ、壊した」
「しょうがねえだろ、動き止めねえと。後で直すって。それにしても結構硬いな、足吹っ飛ばす勢いで蹴ったんだけど」
ユピテの足は曲がっただけだ。しかし安全靴ではない山吹の足はケガすることもなく痛がる様子もない。ユピテは起き上がろうとするが今の衝撃でどこかがイカレたのかなかなか立つことができない。
「さあて、何でこのポンコツ人形は人間かっさらって素敵なオブジェづくりに励んだのかな」
「わかりませんよ。聞いてみたらどうですか」
「しゃべってくれるかな」
そう言うとユピテに近づき……ユピテが腕を振り山吹に一撃をくらわそうとするがそれをあっさりデコピンではじくとユピテの爪が吹き飛ぶ。ユピテに近づいた山吹は少し悩み、ユピテの頭に瓦割りのようにチョップを食らわせた。
ゴイーン、という寺の鐘のような音が響きユピテがびくびくと震える。頭部が割れてユピテは手足や体が上下左右におかしな動きを始めた。
「叩いてなんとかしようとしないでくださいよ。ヒゲ切られた猫みたいになってるじゃないですか」
「機械は叩くに限るって俺のじいちゃんが言ってたんだよ」
ガ、ガ、と機械音のようなものが聞こえる。耳を済ませれば、それは録音された音声記録だった。樋口の言葉をユピテはすべて記録していたのだ。
『一分一秒も休まないオートマトン、素晴らしい。ユピテ、お前は最高傑作だ』
『働け、休まず働け。庭の手入れは一日二十時間やれ、薔薇を美しく保つのがお前の仕事だ』
『主の為に働くのはお前の使命だ、この命続く限りお前は働き続けろ』
『そうじゃない、何度言えばわかるんだ。やはり機械は叩いて直すのが一番だな』
その後も聞こえてくる音声は樋口の様子をうかがい知るには十分だった。ユピテに様々な事をしていた樋口は繰り返す。休むな、働け、俺に尽くせ、おかしなことから非道な事から下品なことまで多種にわたる。
「イイ感じに頭イカレてたんですね樋口って」
「まあ趣味嗜好は人それぞれだ、言ってやるな。世間にはプレゼントに使う包装紙の匂いかがないと寝れない奴もいるし青のりじゃないとイケないやつもいるって話だし」
「叩いて治すべきは樋口の頭でしたね」
「上手いねお前。まあ、それはとっくに実践されてたっぽいけどな」
二人はガラス張りの建物を見る。扉の隙間から見えるのは椅子に座った人間だったと思われる物体。
白骨化していてあちこち崩れているが、頭蓋骨には大きな穴が開いている。
「殺した……とは違うか。死んで動かなくなったから、叩いて直そうとしたんですか」
「そういうこった。で、叩いても直らない。さっき言ってたろ、主の為に働くのが使命だって。主がいないと働くことができないから、主となるモノを用意しようとしたんだな」
天使の庭と呼ばれるほど外から見ても美しい庭。さぞSNS映えする場所だっただろう。行方不明になったのは全員女性だ。写真を撮りにきて、どこか隙間があって中に入ろうとしたのかもしれない。丁度いい代替品だったのだ、彼女たちは。ユピテが動き続けるために必要な「理由」となり得る物として。逃げられないよう、雁字搦めにされて。天使の庭など程遠い。それはまるで蜘蛛の巣だ。
「まあ頭の中が変な花畑になってた樋口にいろいろ仕込まれた木偶だ。人間嫌いだった樋口流のおもてなしをされてたと思えばさっきのヘドバンさんが何で自殺したのか想像できる」
耐えられなかったからだ、常軌を逸した仕打ちに。音声を聞いていた二人は想像できる。そりゃ死にたくもなるだろうよ、と。
「日本製じゃないわりにワーカホリック精神凄いですねえ。自分でネジまけないのにどうやって動いてるんでしょう。ああ、オートマトンだからまかなくても動けるのか」
「樋口がそう改造したっぽいなあ。ま、いいや。とりあえず俺らの仕事は事件報告書作って、コイツを保管庫にブチこめば終わりだ。良かったー、俺明後日から旅行するんだよな。長引いたらキャンセルしなきゃならないから気が気じゃなかったんだ」
「捜査一課に被害者たち発見しましたって報告は?」
「はあ~? そんなの俺らの仕事じゃないし。やりたきゃお前やれば?」
「旅行潰れるの確定だからめんどくさいだけでしょ」
「そりゃそうだ、何時間拘束されると思ってんだあいつらの与太話と愚痴と自慢話に。休日は休日だ。お前が前いた部署だしお前行けよ」
「別にいいですけど」
笛吹は陸に上がった魚のように跳ね続けるユピテを担ぎ上げようとするがユピテは床に転がった駄々っ子のようにバタバタと暴れている。それを無表情のまま見つめていた笛吹はピュウっと小さく口笛を吹いた。するとユピテの中から金属の擦れる音、砕ける音、樋口の音声が逆再生になり、何かがぐちゃぐちゃになる音がした。
そして、ビクリ、とユピテが大きく震えると腹の中から部品や骨格や刃物や様々な内容物が腹をぶち破って飛び出してきた。それを最後にユピテはピクリとも動かなくなる。
「捜査一課がこういう感じになっていいなら」
「そりゃ困る。あ、お前これちゃんと直せよ、俺が蹴っ飛ばした部分も」
「それは自分でお願いします。あとスルーしそうになりましたけど爪も折りましたよね」
笛吹はユピテを担ぐとちらりとユピテの顔を見る。キリキリと音を立てて口元が動く。音は聞こえないがユピテの訴えを《《聞き取った》》笛吹は無表情のまま静かに告げる。
「労働と休暇はセットなんだよ。働き続けると労基に怒られるぞ。その空っぽな頭で夢でも見ててくれ」
ヒュ、とまた口笛を吹いた。
ユピテの頭が粉々に砕け散る。
「おやすみ、ユピテ。二度と起きなくていいよ」




