怠惰なる鬼
鬼が居た。
鬼が人を喰った。
ずぼらな鬼だった。
人の味を覚えたくせに、人を襲うことはなかった。
故に村へやってきて言うのだ。
「人くれ、人くれ」
鬼を恐れた人間達は村で尤もいらない者を贄として出した。
鬼は泣き叫ぶ生け贄を抱いて霧のように消えた。
鬼がどこへ消えたのか知る者は誰もいなかった。
そして、鬼を殺すことが出来る者もまたいなかった。
「人くれ、人くれ」
突如現れては消えていく鬼を人間は恐れ続けた。
あくる日、鬼が現れた時、村の者達は贄を二つ用意した。
「人が二つ」
喜ぶ鬼に対して村の者が告げた。
「こいつらはつがいだ。放っておけば増える」
その言葉を聞いて鬼は首を傾げる。
「牛や豚と同じだ。雄と雌が居れば増える。星の数ほどに」
「腹が膨れるのか」
「あぁ、時間は掛かるが」
鬼はその言葉を聞いて喜び二つの贄を抱いて消えた。
そして、二度と人の前に現れることがなかった。
ところ変わって、鬼の棲家。
ここは人の世とは完全に隔絶された場所だった。
鬼は早速、二つの贄に言った。
「人くれ、人くれ」
贄はまだ幼い童だった。
二人は泣きながら鬼へ言う。
「まだ子供は作れません」
その言葉を受けた鬼は首を傾げて問いかける。
「奴らは増えると言っていた」
「時間が掛かるんです」
「どれくらい」
「とっても」
鬼の心に湧いたのは二つ。
一つは騙されたことに対する怒り。
もう一つは元来の性格からくる怠惰。
「星の数ほど増えるのか」
童二人は震えながら頷いた。
「必ず増やしますから、どうか……」
ずぼらな鬼だった。
故に言った。
「ならば、星の数ほど増えてから喰おう」
それから数千年。
「人くれ、人くれ」
遥か昔にしたのと同じようにして、鬼は自分の棲家と人の世を繋げた。
「人くれ、人くれ」
そう言って鬼は人を探したが、そこにはもう誰も居なかった。
世界は核戦争で滅びていたからだ。
鬼は呆然としたまま世界を閉じた。
戻った世界で蠢いていた人のような形をし、唸り声をあげる命を一つ取り上げて食べるとぽつりと一言呟いた。
「不味い」
鬼が食べたものは人に似ていた。
童たちが語ったように数は星の数ほどに増えていた。
しかし、交わり続け血が濃くなり過ぎた故にそれはもう人とは呼べないものだった。
「不味い」
もう一つ命を貪り鬼は言った。
鬼の心に湧いた気持ちは二つ。
騙されたと言う怒りとどうしようもないという諦め。
「不味い」
そんな最中、鬼はふと思い至った。
これを外に出したならば味が変わるやもしれぬ、と。
再び世界を繋げた鬼は人のようなもののつがいを滅びた世界へ放って言った。
「産めよ、増えよ、地に満ちよ」
呆然とする人のようなものの前で世界は閉じられた。
鬼は自らの世界で再び命を喰らい、ごろりと横になり目を閉じた。
怠惰な鬼が成したことは終始身勝手なものであった。
しかし、結果だけを見るならば鬼は世界に『命』を確かに遺したのだった。
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補足:
『産めよ、増えよ、地に満ちよ』はとても有名な書物から引用をしております。
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