邪龍について
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嫌がらせなのか、それともなんなのか、侍女は邪龍について書かれた本をそれはそれは沢山持ってきてくれました。
邪龍という種族については聞いたことがありません。
本にも実在するものとして書かれていない物も多い。
けれど、御伽噺というものは往々にして事実を少しだけ含んでいる。
白き竜に対抗する何らかのものを邪龍として扱っていたら、なんて考えるのはひどすぎる生活で少しおかしくなってしまったからでしょうか。
邪龍は番を失っておかしくなっている人を食らうらしい。
邪龍はこの国の本流にとっては敵だと思った者のことと仮定すると、食うという酷い表現の見方が変わる。
邪龍と呼ばれる何かは、番を失った獣人たちを保護していたのではないでしょうか。
そういう場所。獣人の白き竜と敵対していて番から逃げないといけない人々を受け入れている場所があるかもしれない。
勘違いかもしれないがそれは私にとって今の生活に見えた一筋の希望でした。
邪龍と呼ばれる人々は今も活動をしているでしょうか?
いなかったとしても今はそれにすがるしかありません。
他の方法を考えられる手立てがありません。
これだけ情報が残っているのですからきっと、どこかにヒントはある。そう思い込もうとしているだけなのかもしれません。
実際侍女たちは邪龍に魅了されてしまっておかしくなってしまった番様と言われている。
おかしくなってしまった女として監視の薄い離宮にでも移してくれないかしらと今は思っているけれどそういう気配は全くありません。
ただ渡された邪龍の本を読んでいます。
そこに走り書きを見つけたのはあまりにもやることが無く同じ本を何度も何度も注意深く読んでいたからだと思います。
その走り書きには邪龍関係のとある本が示唆されていました。
侍女に頼むととても馬鹿にしたように言われ、いかに妃殿下に比べて私が愚かかを話した後、似たような本を更に沢山持ってきてくれました。
指示した本を持ってきたというより邪龍関係の本の棚にあった本を適当に持ってきた感じでした。
それでもかまいませんでした。
指定されていた本に書かれていたのはある伝承でした。
獣人の国に伝わる祭りの日ある目印を掲げると邪龍がやってくるというものでした。
人間の国にはない祭りで概要がよくわからない。
侍女にそれとなく聞くと、こちらを哀れんだ目で見て教えてくれた。
この国の恋人たちは自分の体の一部を使って装飾品を使って贈り合う行事があるらしい。
それを着けて二人で街へ出て祭りを楽しむ。そんな祭りが。
「竜族であれば鱗、猫族であれば尻尾の毛を加工して贈り合うのです」
うっとりとしたように侍女は言う。
そして「今年の陛下は金色の角を使った装飾品をカトリーヌ様に贈るそうですよ」と言いました。
私の分は無いですよと伝えるためだとわかりました。
「番様は人族なので何も作れなくて哀れですねえ」
侍女はそう言った後、他の侍女と目配せをしてクスクスと笑いあった。
あなたには関係のない行事なんですよというのを示すようでした。