黒竜の谷
* * *
私が手を伸ばすとその人影はすぐに私を抱きかかえてくれました。
声を出してはいけないことくらい私にもわかりました。
私の頭の中は先ほど聞こえた私の名前が何度も頭のなかで響いています。
三人と私は窓から出ました。
やはり雑に作ってあったのでしょう鉄条網はきれいに切られていました。
縄梯子でも使うのかしら、と思っていると三人は勢いをつけてバルコニーから飛び降りました。
いいえ。違います。
そのまま三人は空を飛んだのです。
私は声を上げそうになって思わず自分の口を押さえました。
多分この人たちも獣人です。
こんなことが出来るのは古から続く魔法使いの血筋でも無ければ獣人だけにできることですから。
それから三人は私を抱えたまま、長い長い時間を飛びました。
夜陰に紛れていたはずが昇ってきた朝日を浴びながら飛んで飛んで、一直線に向かった先にそこはありました。
そこは高い高い山に挟まれた渓谷でした。
こうやって空を飛べでもしない限りたどり着くのにとても時間がかかりそうな場所でした。
三人は地上に降り立ちました。
それから私に「立てますか?」と聞いた後、そっとおろしてくれました。
辺りをみまわします。
そこはのどかな村の様なところで人族も獣人もどちらも暮らしている様でした。
その中から駆け寄ってくる人達がいました。
その人たちが、私の家族だとすぐに気が付いて私も駆け寄りました。
母が私のことをぎゅっと抱きしめてくださいました。
私も涙が溢れます。
「よくぞ、帰ってきた」
父が涙声でそう言いました。
弟が泣いている声も聞こえます。
やっと、私の知る人たちに会えた。
私の愛する人たちに……。
涙が止まりませんでした。
そんな私たちを、私を助け出してくれた人たちはずっと静かに見守ってくれていました。
* * *
ここがどこなのか。
どうして姉以外の家族が皆ここにいるのか聞きたいことは沢山ありました。
私たちは村で一番しっかりとした建物に案内されました。
「話したいこと、聞きたいこと。お互いに沢山あると思いますが、まずはアイリス嬢は検査を受けてください」
「検査?」
何の検査だろうと思いました。
「あなたは毒に侵されている可能性が極めて高いと思われます」
そう突然言われても心当たりはない。
それに大きな街の専門家でなくてもそんなことが分かるのでしょうか?
「ここは黒竜の治める町です。
毒に詳しい者もおりますから」
私を助けてくれた人、私に久しぶりに名前で呼びかけてくれた人はそう言った。
「私はルーチェと申します。
大変失礼ですがあなたを助け出すために城でのことをお調べいたしました。
本来番の子が流れるようなことはめったにおこりません」
声を潜めてその人、ルーチェ様が言った。
私の悲しい出来事はここにいる人たち皆が知っている様でした。
そしてそれがただの悲しい出来事ではないかもしれないとその人は言いました。
「休みながらでも検査はできますから」
父は静かにうなずきました。
そして私は母に付き添われて医務室らしき部屋に行きベッドに横たわりました。
私は抱きかかえられているだけでしたが夜通しの行軍でした。
母に手を握られて安心してしまったのもあるのかもしれません。
私は眠りに落ちてしまいました。