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第三話 たかが魔法、されど魔法

 レベッカはキッチンにある食器棚を開け、中からガラス製のコップを一つ取り出し、それを食卓まで持ってきた。

 テーブルの上にコップを置くと、レベッカはカスパールのほうを見る。

「では、今からこのコップの中に水を入れます。拍手!」

 カスパールはおーと言い、小さくぱちぱちと手を叩く。少し経つと、レベッカは一歩後ろに行きコップの方へと腕を伸ばした。

 ふんと力を入れるような状態にした彼女の手のひらの前に、小さな水滴(すいてき)が集まってくる。水滴はやがて水の(かたまり)となり、それがある程度の大きさになるとレベッカは腕を曲げ、塊をカスパールがしっかり見えるようにした。


「ほら、水のかたまりができた。これをコップの上に持っていけば……」

 テーブルに近づき、背伸びをしてコップの上に手をかざすような状態にする。そのままレベッカは魔力を徐々に弱め、ほぼすべての水をコップの中に注ぎ込むことに成功した。

「すごいすごい! どこでそんな魔法覚えたの?」

「お父さんもお母さんも魔法がうまいから、それを見てたからかも。これだと、学校に行っても魔法は一番かも!」

 レベッカは両腰に手を当て、えっへんと得意げな笑みを浮かべた。


 レベッカはそれからも火や風など、基本的な属性の魔法の実践を繰り返す。火の魔法を実践しているときに新聞紙が燃えかけるというアクシデントは起こったが、コップの水をかけることでなんとか鎮火させる。

 しかし、このレベルの魔法も使えない大人はこの世界には多くいた。


 彼らは魔法が使えないわけではない。また、数十年前まではこの時ほど魔法使用率は低くなかった。

 グリム帝国の隣国アングレにて百年ほど前に産業革命が起こって以降、世界各国で科学的近代的技術が発展した。それにより世界における魔法使用者の割合が減少し、自動車の普及によりついに(ほうき)絨毯(じゅうたん)の魔法すら使用者が減ってきている。


 技術革新の影響で多くの人々から練習をしようという気持ちがなくなり、魔法を日常的に使うようなものは減っていった。結果、魔法は趣味程度の存在へと降格しようとしていた。

 日常での使用機会がなくなりつつある魔法。だが、そんな中でもレベッカは子供でありながら優秀な魔法使いへの道を確かに進んでいた。

 そして、カスパールもレベッカの魔法を見て魔法への興味を深めていく。この魔法世界は、まだまだ魔法を必要としているようだった。

 いずれ技術革新により魔法が廃れたとしても、二人のような子供たちが魔法文明の伝統を受け継いでいくのかもしれない。仮に魔法について探求し続けた研究家がこの光景を見ていたとしたら、きっとそう希望を持つであろうと思える場面だった。


「今度はなんの魔法?」

 カスパールの質問に、レベッカはふふんと声を出す。

「今日最後に見せる魔法は、あたし一番の自信作。光の魔法でーす!……お母さんからやたらに使っちゃだめって言われてるくらい、すごい魔法ができるようになっちゃったのよ」

「それ、使っていいの……」


 カスパールは呆れるとも困っているとも取れるような表情でレベッカを見る。当のレベッカはそんなことを気にも留めず、両手を四十五度ほど上に伸ばす。

 両手の先に、徐々に光が集まる。光はだんだん眩しく思えるほどに強くなっていき、ある程度まで光が大きくなった後でレベッカはそれを放った。


「うわああああああっ!」

 魔法を放ったレベッカの身体は、強い反動で後ろの方へと飛んでいく。彼女が放った魔法は、それだけ強力なものだった。

 彼女の母がやたらに使ってはいけないと言うのもうなづけるほどの魔法。近くで見ていたカスパールは、それまでの驚きを(はる)かに超えた驚愕を表現するに相応(ふさわ)しい表情を見せていた。


「す、すごい……」思わずカスパールの口から言葉が漏れる。

「どうかしら……あたし、将来すごい魔法使いになれるかな」

 身体のあちこちに土が付いているレベッカ。しかし、彼女は目を輝かせて未来への希望を口に出していた。

 ……そんな彼女の視線の先。先ほど放たれた魔法の軌道となった方向で、何か黒いものが空から落ちていた。


 カスパールがレベッカの部屋に戻ろうとしたとき、それが視界に入る。

「ねえ、あの落ちてってるものって、もしかしたら魔物だったりしない?」

 カスパールはその落下物を見て、この日見た夢をふと思い出す。

「魔物? ……確かにそうかも、あの黒いのカラスというには大きすぎるし」

 カスパールは魔物らしき落下物に、夢で見た怪物の襲来を恐れた。いつその巨体がブイイという声とともに村にやってくるかと、恐怖に震えた。


 ……だが、いつまでたってもその姿どころか足音すら聞こえない。

「ねえ、そんなに心配なの? 大丈夫よ、最近魔物が出てきたのだって、ここからずーっと南のほうなのよ?」

 やっと立ち上がったレベッカの話を聞き、カスパールはそっかと安心する。そして、彼女より先に部屋へと入っていった。

 この時、時刻はまだ朝の九時半。父と共に皇帝に会う用事までは、まだまだかなりの時間があった。

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