表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/15

プロローグ 少年に悪夢あらわる

 目の前の光景は、まさに地獄。これ以上に相応(ふさわ)しい言葉が見当たらないようなものであった。

 とある村がこの時、まさに滅びようとしていた。夕方の薄暗い空が家を焼く炎で明るくなり、(あた)りには生臭い匂いが立ち込める。

 村の中には気味の悪い体高一メートルほどの生物が三十体ほどおり、元々のどかだった村の家や畑を荒らし回っていた。

 六歳ほどの少年が一人、状況もわからないまま道を歩く。幸いにしてその周りには気味の悪い生物は一体もいなかったが、その恐ろしい行動を少年には理解ができていなかった。


「パパ、ママ、どこに行ったの?」

 石で舗装(ほそう)された道路を歩いていると、一つ大きな屋敷が少年の視界に入る。そのまま歩き続けると、屋敷の方から一人の男が逃げるように外へ出てきた。

「パパ、パパ!」

 男は、歩いていた少年の父親だった。父親は声のする方を向いて我が子を見ると、慌てた様子で我が子がいる場所へと走っていく。


「お前、今までどこに行ってたんだ?」

 はあはあと息を切らしながら、父は子に問う。その声は小さく抑えられ、内緒話のような状態になっていた。

「ごめんなさい、一人でお散歩に行ってました」

「そうか……。だが、魔物にやられていないのならよかった。母さんは……ついさっき襲ってきた魔物に殺されてしまった」


 緊迫した表情で、父は衝撃の事実を子に告げた。

 だが、少年は死というものをよく理解できていない。魔物による残虐な行いというものを、頭の中で理解するだけの知識や経験を持っていないのだ。

「ころされた、って、どういうことなの?」

「……それを知るのは、お前にはまだ早い。それより、早く()()()()()()()()()。お前を心配して、まだ逃げてなかったんだ」

 少年はうんと首を振った。


 この世界には魔法が存在する。(ほうき)や魔法のじゅうたんで空を飛ぶことができたり、火や水や風を生み出したり身体の傷を回復させることもできる。より上級の魔法使いは、地割れを起こしたり対象を石にするようなこともできてしまう。

「でもパパ、車は? 車はどうしたの?」

「魔物に壊されたんだ。だから、箒でルベリンまで逃げるしかない」

 父親は少年の手を引き、屋敷の方へと向かう。

 だがその時、恐怖の足音がこちらのほうへと向かってきた。

 ドシンという大きな足音が、屋敷のある方角からやってくる。蜃気楼(しんきろう)の奥からやってきたのは、一体の大きな化け物だった。


 化け物の大きさは十五メートルほどあり、頭にはツノが生え、牛と豚を合わせたような顔の口元には大きな牙がついていた。化け物の胴体や手足には大きな筋肉がつき、左手には巨大な棍棒を持っていた。

 二人はその姿を見ると、脇道に移動して伏せその姿を隠す。ただ、その程度で化け物をごまかすことなどできなかった。

「ブイイイイっ、キサマら、この俺に食われようってのかい」

 化け物は二人を見ると、威嚇するように言う。抵抗しても無駄だと悟った父親は身体を起こし、化け物と対峙した。


「私は食われても構わない。だが、この子を喰らおうと言うのなら私は死んでも立ち向かうつもりだ」

「ブイッ、面白いことを言うじゃないか。じゃあ、この左手に見えるものがなんだか分かるか?」

 化け物はそう言うと、父親の方へ左手を差し出す。その手に握られていたのは、彼の妻であり少年の母親である、一人の女性だった。


 胸から上は食われていたが、下に履いている長いスカートの柄から二人は自分の家族だとすぐに理解した。

「お前、イルザを食ったのか!」

 父は怒り、子はワアワアと泣き叫ぶ。二人は自身の家族を目の前の化け物に食われたと知り、気が動転していた。

 死というものを(ほとん)ど知らない少年にも、目の前にいる母の惨状は容易に理解できていた。


「ありゃ、キサマらの家族だったのか。うまいぞ、この女は」

 そう言ってから、化け物は残った半身を口に入れる。一噛みすると化け物の口から血が漏れ出し、骨が折られるパキパキという音が辺りにこだました。

 二度三度噛むと、化け物は半身を飲み込む。その光景に直面した二人は、すっかり身体が硬直し動かなくなってしまっていた。

「ブイイ、美味かったあ。さて、次はお前たちを食ってやろうか」

 そう言うと、化け物は二人の方に血に濡れた左手を伸ばしてきた。


「か……る」


「か…パール」


「……カスパール。おい、カスパール。今何時だと思ってるんだ」

 突然、恐怖の光景の中にノイズのような声が聞こえてくる。

 少年カスパール・リヒテンベルグの視界からは先程までの残酷な光景が消え、代わりに布団の温かい感触とともに父の顔が浮かび上がってきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ