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九.急襲

この話の登場人物

芦屋鏡子、神宮夕乃

鳥鳴葵京……篤輝の母親

林ノリカ……元メイド喫茶『透明館』アルバイト店員

丸元省三……大釜出版アウトドア雑誌『ベース』編集長、芦屋鏡子の元担当編集者

 私と篤輝が言い合っていると、階段を駆け上がる足音がする。そしてドアが勢いよく開いて母親が部屋に乗り込んできた。


「こら篤輝! お嬢さんに向かって婆とは何です。失礼でしょ! 謝りなさい!」


 私は綺麗な顔を崩して篤輝を叱りつける母上を初めて見た。その目にはうっすら涙を浮かべている。美に対する意識がそうさせるのか、その剣幕に篤輝は狼狽(うろた)えた。


「え? いや俺はこいつに言っただけで」


 篤輝は私を指差すが、当然母上には私の姿は見えていない。そして言い訳をする篤輝にきつい一言を言い放つ。


「何言ってるの。この部屋には二人しか居ないでしょ! まさかおばあさんの幽霊でも見たって言うんじゃないでしょうね」


 ハイ、その通りです。しかし篤輝の霊感体質を知らない母上は納得するはずもなく、夕乃に向かって何度も頭を下げながらお詫びする。


「夕乃ちゃん、ゴメンナサイ。うちの篤輝、根は優しいんだけど口が汚くてねぇ。ホント誰に似たんだか。今日はもう暗くなってきたし、夕ご飯一緒に食べましょ。ご飯下に用意したから、ね?」


 母上は夕乃の返事も待たずに、手を引いて下へ連れて行こうとする。それを見た篤輝は慌てて制止しようとする。


「え? 何で何で、別に用意しなくても……」


「もう用意しちゃったから。篤輝は後でもいいわよ、私は夕乃ちゃんと頂きます。さ、参りましょう」


「え……え?」


 それはあっという間の出来事だった。夕乃は言い返す暇もなく、母親と一緒に階段を降りていく。部屋に残された篤輝は、何が起きているのか理解できずにしばらくその場を動けなかった。


「さ、どうぞ。召し上がれ」


「あのー、本当に頂いてもよろしいんですか?」


 夕乃は母上に言われるがまま椅子に座り、ご飯茶碗を手に取った。食卓にはタケノコの混ぜご飯とわかめと豆腐の味噌汁。塩鮭の焼き物が三人分用意されていた。


「いいのいいの、家の人も今日は帰ってこないし、若い女の子と食事するなんて久しぶりだから、ね。少しの間だけ付き合ってちょうだい」


「ハイ、じゃあ頂きます」


 母上はすごくうれしそうに、夕乃の事を見ながら、ほとんど質問しっぱなしで会話というより、一問一答のような時間となった。よほどしゃべりたかったのか、終始和やかに頷いていた。途中で篤輝が降りてきて一緒に食卓を囲んだが、篤輝は返事する程度でほとんど母上と会話することはなかった。


 この家庭は父親が家におらず、ほとんど単身赴任状態だった。別に遠くもない距離に建築士として勤務しているが、篤輝が学生時代に色々問題を起こしていて、父母共に疲れ切っていた。その頃から父親は家に寄りつかなくなったらしい。そんな話を篤輝に嫌がられながらも陽気に話す母上は、誰かと繋がっていたい衝動に駆られたのかもしれない。


 私の元担当編集者である丸元省三(まるもとしょうぞう)も時々顔を見せているようだが、母上としては女性の方が話しやすかったようだ。今回、担当編集者が夕乃だったことで母親の気分も上がり夕食を強引に誘ったということになる。


 コスプレイヤーの女子大生、三羽しずくとも仲良くなったようだが、篤輝が断固反対し家には上がらせていないらしい。玄関先での立ち話くらいで、本当は一緒にご飯や買い物に出掛けたいのかもしれない。三人になったことで篤輝も観念するだろう。そのうち女子会が始まるのだろうか。女子だけの会話とはどんなものか興味が出てきた。




 玄関先で母上と別れると、篤輝はめずらしく門扉(もんぴ)まで出てきてくれた。その振る舞いをいつもしてくれればもっと株が上がりそうなんだが。そう思っていると、暗がりから人影が現れ、こちらへ向かって走ってきた。


「鳥鳴先生っ!!!」


 甲高い叫び声を上げながら髪の毛を振り乱しながら迫ってくる人影。街灯に照らされたその姿はレディーススーツに身を包んだ女性。鬼の形相で向かってくる。そのまま拳を握り正拳突きの構えで夕乃に急接近。


(夕乃!)


 私は咄嗟(とっさ)に前に出る。つい反射的に手刀を思いっきり振り上げると、夕乃は恐怖に耐えながら悲痛な声を浴びせる。


「やめて!!!」


 すると女性は一瞬動きが止まった。その声にのって私の手刀が女性の眉間をすり抜ける。


「グエッ」


 霊体になった私の最終奥義は空を切らず、何かにヒットして女性の体から剥がれるように吹き飛ばされる。


 それは髪が長く無地のワンピースを(まと)った少女。よろめきながら立ち上がると、音もなく夜の暗闇に紛れて姿を消した。


(夕乃!)


 私は振り向き夕乃の無事を確かめると、篤輝が夕乃をかばうように間に入り背中を丸めていた。夕乃はその中で萎縮している。その光景に私は安心した。


(もう終わったよ、いつまで抱きついてるつもりだい)


 篤輝は無我夢中だったのか、ギュッと夕乃を抱きしめながら体に力を入れていた。私に言われて、ビクッと体を揺らし、そっとコチラを振り向いた。


「その人は……死んだのか?」


(なに馬鹿なこと言ってんだ、この子は恐らく霊に体を操られてたんだよ。ホラ、そっちはもういいから、この子を介抱してやんな)


「夕乃、大丈夫か?」


「は、ハイ、ありがとうございます」


 篤輝は夕乃の背中をさすりながら優しい言葉をかける。夕乃は返事を返したが両腕を押さえながら、体が小刻みに震えていた。


「あの、大丈夫ですか。もしもし、聞こえますか」


 篤輝は家の前で倒れた女性に弱腰に話しかける。


(おい篤輝、電話じゃないんだ。多分気を失ってるだけだろうが、このままだと可哀想だ。家に入れてあげな。夕乃、あんたも一旦家に戻ろう)


「ハイ」


 篤輝はレディーススーツを着た女性を担いで、家に戻る。その後ろをゆっくりとした足取りで夕乃もついていく。余りのショックに顔色は悪く、まだ震えが治まらない様子だった。


 家に戻ると、母上が一体何事かと慌てふためく。事情を説明しづらいので篤輝と口裏を合わせて家の前で、歩いてきた女性が急に倒れたと嘘をついた。


 一階のソファーで横になった女性を見つめる。夕乃は気分が悪いと二階のベットで横になっている。母上は女性のためにおかゆの用意をしているようだ。そこへ篤輝が一階に降りてきた。


「様子は?」


(まだ寝てる)


 私は腕を組んで女性の顔をじっと見つめていた。この子は何処か見覚えがある。


(篤輝の知り合いかい?)


 そう言われて、篤輝も顔を覗くが、首を傾げて困惑した表情をしている。


「知ってるような、知らないような」


 篤輝はL字型のソファーに腰をおろし、女性の様子を伺う。


(なんでここで謎かけするかね、有名人かい?)


「知らねーよ。うちにテレビとかないんだから」


(ああ、そうだったね)


 篤輝の家ではテレビやラジオ、オーディオ機器と行った類いの家電製品がない。今時ケータイ電話も持っていないので、連絡ツールは家の電話だ。それも自分じゃ滅多に出ない。引き籠もりと思われても仕方がない生活を送っている。


 いや、パソコンでオンラインならやり取りしていた。ごく限られた人間だけは。


「起きた?」


「いや、まだ寝てる」


 母上が心配そうに、様子を見に来た。おかゆができたようだ。


「救急車呼んだ方がいいんじゃない?」


「いや、病気の類いじゃないと思うから、もう少し様子を見よう」


「そう、じゃあ、お母さんお風呂沸かしておくわね」


「うん。あ、夕乃も入るかもしれない、今は寝てるけどたまに様子見てやって」


「ハイハイ、何だか急に賑やかになったわね」


 母上が笑みを浮かべながらリビングを出る。私はこの女性の素性に心当たりがあった。しかし今は目を覚ますまで様子見している。


「そういえば、婆は夕乃と随分離れたが、いよいよ成仏するのか?」


(その婆はいいかげんよしな。芦屋でも鏡子でもいいから)


「いやだよ、じゃあ先生でいいだろ」


(まあ、それでもいいよ)


「ところでいつから幽体離脱みたいな事できるようになったんだ?」


 篤輝は難しいことを質問してきた。確かにいつなのかわからない。轍と話して別荘から帰ってきたあとだったが、私も眠っていたので何がきっかけだったのか見当が付かない。


(篤輝は自分の体に戻るとき、周囲が明るくなったって言ってたね)


「ああ、俺の記憶に残った時は大体周囲が段々明るくなるんだ」


(私も夕乃の中で目が覚めて、周囲が明るくなると外に出ていた。こんなに離れたのは今日が初めてだが、まあ私は女神だからね。いろんな事ができるようになるさ)


「それ説明になってないぞ」


 冗談交じりに篤輝の相手をしていると、女性は気づいて体を起こした。


「あれ? ここは、キャッ。鳥鳴先生」


「どうも」


 篤輝は頭を軽く下げるが、女性はソファーに座った篤輝を見て、ビックリした表情を見せる。そしてすぐに立ち上がり深々とお辞儀をする。


「あ、その節はお世話になりました。私、今は作家になるため猛勉強中でありまして」


 篤輝とは顔見知りであるという事。そして作家を目指す卵だという事が判明した。それを聞いてもまだ篤輝の表情はパッとしなかった。


「あ、そうですよね。私なんか覚えられてませんよね。ほんの数回あっただけですし、ミキちゃんに比べたら私なんて地味だし」


(ノリカかい)


「え? ノリカ?」


「ええ!? そうです。覚えていてくれたんですね。私、うれしい。感激です」


 篤輝は私の答えに反応しただけなんだが、ノリカは大喜びで、拝むように手を組んで左右に振って感情を現している。メイド服を着ていないがこのオーバーアクションはメイド喫茶の名残だろう。それでも篤輝は首を捻っているので助け船を出す。


(ノリカはメイド喫茶で最近辞めたって言ってた子の事だよ)


「ああ、あの子がノリカって言うんだ」


(このお馬鹿、声に出てるよ)


 篤輝は思わず口を両手でふさいだ。しかしノリカは感激の余り気がついていない。


「まあ、座って。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、あ、お腹減ってない? おかゆ作ったんだけど食べる?」


「ええ!? 感激です。いただきます」


 ノリカはよほど篤輝のファンらしい。全ての行動に対してこれでもかというぐらいオーバーに反応を返してくる。ここはメイド喫茶じゃないんだがね。


 篤輝は落ち着いた頃を見計らって話しかけようとしたが、風呂の準備を終えた母上がリビングに戻ってきた。


「あら、気がついたのね」


 ノリカは声に気づいて手を止め顔を上げると、そこにいる母上を見上げて唖然とする。その顔つきは恋する乙女ようだった。「綺麗」ぽつりと呟くと、突然ソファーの上に正座して、頭を下げた。


「この度は手厚いおもてなしを頂き、誠におありがとうござります」


 私と篤輝はその行動に凍り付いた。しかし母上は口元に手を添え上品に笑うと「お粗末様です」と大人の対応を返した。


「ははー」


 ノリカは時代劇オタクなのか。大奥か。室町時代の武家屋敷か。篤輝とはまた違った反応を見せた。


「急に家の前で倒れたらしいんですが、お体大丈夫でしたか?」


「全然問題ありません。もうすっかりこの通り、ハイ、元気にござりまする」


 上腕二頭筋をアピールし、完全復活したことを母上に報告する。何故ドルフィン山田のような口調なのか、メイドの身に何が起こったのか、そこが()せない。


「お風呂沸いたから、どうぞ。お召し物はちょっとこの時間だと乾かないけど」


「いえ、そのようなお気遣いは無用でござる。拙者これにて失礼いたします。では鳥鳴先生、お元気で」


 そう言って、ショルダーバッグを手に取りリビングを出た。余りの早業に篤輝は唖然としてしまう。


「あらー、何か急用だったのかしら。でも元気になって良かったわ」


 母上は食器を洗い、片付けると二階にいる夕乃の様子を見に行った。


 真相はわからなくなった。あとでミキにノリカの電話番号を教わろう。


(とにかく今日はお開きにしとくか。もしまたあの霊が来たら、どうするかは今後検討ということで)


 今日一日は濃密な出来事がありすぎて、もう頭が回らない。あの霊体は夕乃を狙っていたのか、そんなことをつい考えていると篤輝が真剣な表情で、前に説明した仕事の依頼について話し始める。


「先生、俺オカルト雑誌の連載受けるよ。但し条件がある」


(なんだい?)


「しずくにも書かせてくれないか? 共同著者としてでもいいから」


(何か良いアイデアでも浮かんだのかい?)


「ああ、とびっきりの書いてやるよ。新生鳥鳴篤輝としてな」


(そりゃ楽しみだ)


 夜も更けて夕乃の体調も回復しなかったので、今日は鳥鳴邸に泊まることになった。

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