78 吸って、吐いて。
78 吸って、吐いて。
ノリト翼──自分の名前が書かれたファイルを手に取る。
みんなのファイル同様に俺の一部の人生が書かれているんだろう。それが嘘なのか事実なのか。読んで確かめてやる。
******
『ノリト翼』──高校3年。
体育委員を務め中学より陸上を習う。陸上部では副部長を任されていた。とても信頼の厚い生徒で教師からも評判は良い。
夏休みに彼が部活動から帰宅したところ、両親が血だらけで倒れていたため110番通報。
通報を受け私が直接現場に向かうと凶器とみられる包丁を手にし、血を浴びた制服姿のノリト翼と対面。すぐさまその場で現行犯逮捕。特に抵抗もなく終始無言だった。
包丁の指紋と彼の指紋は一致。ナイフの刃と両親の傷口も一致。証拠は揃っているが取り調べでノリト翼は「強盗に襲われた。俺は犯人じゃない」と強く否定。
そして逮捕から3日後、拘留所から脱走。警備の警察官は睡眠しており壁が鈍器のような物で破壊されているなど、不可思議な点が多い。
今月は似たような脱走事件、並びに爆破事件が他の刑務所でも多発している為、それらとの関係性を調査中。
******
レイナ「タスク君。これは本当で──」
彼女の疑いと失望の混ざった表情を見れば、言いたい事は分かる。脱走したどうのこうのじゃない。俺がしたことを彼女は問いただしている。
「俺は殺していないよ──と言っても、信じてもらえないだろうけどあの日、確かに俺は強盗と争ったはずなんだ」
「けれど状況証拠をその強盗に作られた。俺の爪とか見てくれればあの強盗のDNAとか出てくるはずなのに、なにもしてくれなかった」
レイナ「やっぱり殺していないんですね?私は信じますよ。だってタスク君が両親を殺すなんて思えないですもん」
「ありがとう。だけど俺も自信がないんだ。ひょっとして俺が、都合の良い記憶に書き換えているんじゃないかって、思っちゃうんだ」
「だから俺が殺したのかもしれない──って気持ちも、一応持ってはいる」
レイナ「取り調べが辛かったんですね」
「ごめんごめん。別に気にしないで。そんな鬱とかにはなってないから。そうだ、レイナのも見せてよ」
彼女はあっさりと自分のファイルを俺に手渡した。隠す物、知られて困る物など無いと言った感じに。しかしそれは1行目から俺の人生とは比較できないほど壮絶だった。
******
『チカイ零那』──6歳の頃に両親が交通事故で死亡。
祖父母の家で姉のチカイ和沙と暮らす。家庭環境からいじめられることもあったが姉の存在のおかげで、常習化はしなかった。
中学を卒業後は高校に入学。当時19歳の和沙は就職していた。
ある日、姉の和沙が家で禁止薬物を使用しているのを零那が目撃。それを注意したのがきっかけで口論となる。その際の警察への通報はなし。
それから1年後、働けないほど薬物中毒となっていたが和沙を零那がシアン化合物で毒殺。さらには家に放火。祖父母と共に焼身自殺をはかるも救急隊によって救出。
後日、入院先の病院に訪れた捜査員に自首。祖父母は軽傷で済んだ。
******
──読み終えた今、言葉が見当たらない。彼女になんて声をかけたら良いのだろう。
こんなにも辛い人生を送ってきた彼女に俺の言葉なんて、どれも軽すぎる。だから、ありのまま思ったことしか言えない。
「生きていてくれてありがとう。俺、レイナがいなかったらここまで生きていないよ」
レイナ「私もですよ。タスク君がいなかったら──」
〝ちーん〟と、空気を読まないエレベーターの到着音が部屋に響く。漆とギンターが戻ってきた。密着していた俺と彼女は慌てて距離を取る。
漆「あっら〜。お邪魔だった!? ごっめーん!」
ギンター「それより朗報だ。この船だが──」
「その前に2人に渡すものがあるんだ」
俺はギンターへ。レイナは漆へそれぞれのファイルを手渡す。
「2人のファイルはまだ読んでいない。それをどうするかは任せるよ」
漆「あんたのはどうしたの?」
「持っていてもいらないから、この船に置いてくことにするけど」
漆「なら私も捨てよっかなー。読みたかったら読んで良いよ」
ギンター「同感だ。こんなものすでに世間に知られていること。別に隠しはしない」
2人はファイルをチラッと見ると、渡した俺たちにすぐにその場で返した。受け取ったそれを読もうか迷ったが今はやめておこう。
レイナ「そういえば朗報ってなんですか?」
ギンター「ああ、船だがな。今ドイツのとある場所に向けて自動運転で出発中だ」
「動いたのか! でもなんでドイツに?」
ギンター「2人が日本へ帰りたいのは分かる。だがこのドイツ国籍の軍艦が許可もなしに、日本へ向かうことはできない」
「国籍があったんだな」
ギンター「だからまずはドイツへ向かう。そこからはそれぞれの大使館へ行けば国に帰れると思うぞ」
レイナ「すいません。とある場所というのは・・・」
ギンター「便利なことにタマゴ──ティモの奴は何箇所かに自動運転で到着するように登録していたんだ」
ギンター「奴の家なのかは分からんが〝オムライスタウン〟という登録名からして拠点であることは間違いないだろう」
なんだその黄色そうな街は。まだ何か仕掛けがあるのか?
漆「私はせっかく自由の身だし、そのまま旅しようかな〜」
「おい。なにをしたのか知らないけど、罪を償わないのか?」
漆「あんたのそういう真面目な日本人らしいとこ、好きだよ」
レイナ「す、好き!?」
漆「でも私戻ったところで死刑なのよね〜。それでも戻るアホっている?」
「ティモ・ミドライグルが聞いたら怒りそうだな」
ギンター「そういえばウイルスの資料は何もなかった」
漆「研究施設や薬品なんかもなかったしきっとあれは嘘ね。自分だけの毒を持っていたのよ」
漆は横たわるティモの遺体にそう言い捨てた。だが、これで1つ分からなくなったことがある。結局このティモは何が原因で死んだのだろう。
自分だけの毒って言ってもそれが何なのか分からない。それに本当に毒なのか確かめようが──いや、考えるのはもう辞めよう。
俺はもうあの島にはいない。殺し合いコンテストはもう、終わったのだから。
ギンター「どうしてもウイルスが気になるなら、ドイツで見てもらえば良い」
「ギンターはドイツに着いた後、どうするんだ?」
ギンター「悪いが俺も死刑──というより特殊部隊に命を狙われる身だからな。亡命先のロシアに帰るよ」
漆「てーか。このままティモの死体の側で話すのは嫌だから私は1階の個室を借りるよ。ドイツに着いたら起こしてね〜」
もっと色んな話をしようと思ったが、彼女が乗ったエレベーターのドアはすでに閉じてしまった。
「個室って1階の廊下にあったあの部屋か」
ギンター「ドイツまではかなりかかるだろうからな。2人も寝てきたらどうだ?」
「ギンターは大丈夫なのか?」
ギンター「問題ない。異常があったらすぐに知らせよう」
レイナ「では私も一緒に」
俺は彼女とギンターに手を振ってエレベーターに乗り込んだ。あっという間に1階に着くと適当な個室に2人で入る。
中はシンプルな作りでシングルベッドと机と椅子が置いてあるだけ。特別なにも意識せずベッドに腰をかけた。するとレイナが服の下に手を入れはじめた。
もごもごと動いていったい何を!?顔は赤く緊張している。いや、俺はもっとひどい顔をしているか!?
レイナ「これ、読みますか?」
彼女は服の中から2つのファイルを取り出した。ファイルの名前は漆幸香とギンター・アッシュ。いつの間に持っていたのだろう。まるで忍者の彼女に少し寒気がした。そしてなぜか少し落ち込む俺がいる。
「そ、そんなに隠して持ってこなくても」
レイナ「だって堂々と持っていくのは気が引けるじゃないですか」
「それもそうだけどさ〜」
そう言いながらも読みたい欲求に従ってすでにギンターのファイルを開いていた。
******
『ギンター・アッシュ』──本名ジェームズ・マルス。
軍学校を卒業後は海軍に入隊。その後ネイビーシールズに合格。それを機に恋人のアメリア・アッシュと結婚。男の子と女の子の2人の子供にも恵まれた。
27歳の時に参加した中東作戦で瀕死の重体となる。奇跡的に一命を取り止めるもジェームズの母親がその日に心臓発作で死亡。同年ネイビーシールズを除隊。陸軍に配属される。
30歳で軍を退職し教師に転職。35歳の頃アメリカでテロ組織による銃撃事件が発生。多くの犠牲者が出たその事件で彼は妻と子供の2人を失う。
その後はテロの元凶である戦争を続ける母国に対し反戦争、反政府運動を行った。
最終的にはその運動家達は暴徒化し警官、軍隊と衝突。その際に彼が狙撃を行い多くの隊員を殺害したことが後の捜査で判明。
37歳で教師を辞めると中東の某国へ亡命。そこで反米国組織に加入し名前をギンター・アッシュと改めた。
40歳の時、アメリカの武力勢力が中東全域に広がった為ロシアへと亡命。ロシアのテレビ局に出演した際はアメリカの武力の使い方を痛烈に批判。
〝戦争は復讐心と死者を増やしやがて、自国民すらも殺すことになる〟と、強く反戦争、反アメリカ政府を訴え続けた。
******
『漆幸香』──本名はリ・スンヒとの情報もある。
街で働く両親の代わりに生まれた時から祖父母に育てられる。祖母が吹いていた大笒の音色が何よりも好きだったという。
15歳で飛び級で大学に入学。その後、国の特殊部隊へ入隊。
「もてなし組」から逃げた女性を暗殺する任務を行なっていた際、ターゲットの女性に名前を呼ばれその女性が街で働いていたはずの母と発覚。母と共に国を出る決意をする。
中国へ逃げた後に漆は再び母国へ帰り残りの家族と共に国を出た。その逃亡の際に軍のNo.3を殺害。逃げ切るも暗殺対象となる。
その後は中国軍の諜報部に配属された。
21歳の頃、洞簫をくれたことがきっかけで中国の兵士と交際。23歳で結婚。同時に退役。
しかしその年にとある武装組織に襲撃され、夫以外の漆の家族全員をその場で射殺された。その場から逃げ延びた漆は海を船で渡り日本へ行くも上陸したところで拘束された。
*****
──物語の世界に引き込まれるようにしてあっという間に2人のファイルを読み終わった時、レイナはベッドに横になり眠っていた。
こんなにも安眠できる日々は久しぶりだなと彼女の寝顔を見て思う。そういえば今更だけど、みんな正真正銘の殺人犯だったんだ。
ギンターと漆のファイルの内容は現実とは思えない、信じられないほど衝撃的だったがそれを裏付ける行動をあの島で何度か見てきた。
しかしそれもすでに過去となり、いつか思い出なんかになるんだろうか。こんな地獄のような日々を忘れられる気はしない。けれど今この瞬間くらいは忘れて、ゆっくりと眠ろう。
ああでも最後に──
俺はベッドから立ち上がり鉄の壁によりかかる。ヒンヤリとしたその感触を楽しみながら床に座る。どこか懐かしいこの感じ。
「レイナはちゃんと眠っている」
俺はやっとポケットから棒のようなものを取り出せた。
壁の方を向いてそれを口に加える。どんな食べ物よりも口にフィットして、脳が喜ぶこの棒。
──吸って、吐いて。吸って、吐いて。この呼吸を、この棒を、俺の体は忘れていなかったんだ。なんとなく脳も思い出してきた。
吸って、吐いて。吸って、吐いて。
吸って吐いて・・・今やってもただの深呼吸。やっぱりアレがないとダメなんだ。それでも少し落ち着く。
吸って、吐いて。吸って、吐いて──か。この島の暮らしに唯一の感謝をするとすれば、これをしなくても大丈夫になったことだ。
もう少し吸ったらこの棒は、この部屋に置いていこう。
さようなら俺の罪。さようなら殺人島。




