76 さようなら
76 さようなら
────ティモ・ミドライグルを拘束してから数十分後
ギンターと漆は今も4階でティモを拘束している。やけに大人しくなった彼は俺たちに指で数字を作り、すぐ下の3階に行けと示した。
まだ何か罠があるかもしれないが、とりあえず俺とレイナで3階へと向かう。
3階──このフロアはいわゆる資料室だった。2人で見て回るには広すぎる。部屋全体に並べられた棚にファイルがいくつも置いてある様はまるで図書館。
試しに1つのファイルを手に取ってみたが中身の情報はアルファベットで書かれており、全てを理解できない。ギンターか漆に来てもらえば良かったと自分の学力を後悔していたその時、日本語のファイルが目に飛び込んできた。
見知らぬ土地でコンビニを見つけたような安心感を抱いたのも束の間、俺はそれを手に取るのをためらった。なぜならそれらは全て死んでいったみんなの名前のファイルだった。
遺体に触れるようにファイルをとって中を開いた。とりあえずテキストで安心した。写真なんか出てきたら持っていられない。ファイルには1、2枚程度の紙に彼らの個人情報がまとめられていた。
「ツエヘシ、マイジ、ウラハ、シドウ……シドウ大誠」
──今でも思う。どこからかひょっこりとバカみたいな大声で表れて、シドウが俺たちを笑わせてくれないかって。
他のやつらだってそうだ。もっと一緒に平和な雰囲気で過ごしてみたかった。
レイナ「こっちにサイセちゃん、ギヨウさん、キケツ、アスカさんのファイルがありました!」
「あ、俺たちのもあるよ。とりあえずこれ持って4階に戻ろう」
日本語で書かれたファイルだけを持って出ようとすると、レイナが隠しながら俺に1つのファイルを見せてきた。そのファイル名は『ティモ・ミドライグル』。
「これは、ティモのファイル。これを読めばあいつのことが分かるということか」
レイナ「どうしますか?上の2人と一緒に見ま──」
背後から〝ちーん〟とエレベーターの到着音。中からは血相を変えたギンターが降りてきた。数秒間を置くと、彼は体格に似合わぬ小さな声で話し始めた。
ギンター「──ティモが死んだ。目を閉じて寝たと思ったが、いきなり痙攣してそのまま動かなかくなった。漆と確認したが脈はもう・・・」
驚きよりもウイルスの話を思い出した。俺たちに注射されたというティモ特製のウイルス。
信じがたい話だがティモがこうして死んでしまったことで彼の言ったことが嘘とは言い切れない。
レイナ「・・・私たちも死んでしまうんでしょうか」
ギンター「分からない。とりあえず上に来てくれ」
そう急かされて4階へ戻ると床にティモが仰向けで寝ていた。いや、寝かされていた。安らかに気持ちよさそうな顔で寝ているティモ──の遺体。まだ生きているように見える。
漆はそんな子供を見るには不釣り合いな態度で壁に腰を掛けてそれを睨んでいる。
「本当に死んだのか?」
漆「やっぱ殺せる時に殺すべきだったかも。そうすれば拷問がてら情報も聞き出せただろうし」
「やめろよ。こいつは一応、まだ子供だったんだぞ」
漆「でもそのせいでこちとらビッグ烏骨鶏の操縦方法はおろか、現在地すら分かんないのよ?」
ギンター「本当か分からないがウイルスとやらの危機もある」
険悪なムードになりそうだった時、申し訳なさそうに低い姿勢のレイナが割って入る。
レイナ「あの〜。情報になるか分からないですけど、3階の資料室でティモのファイルを見つけました」
漆はそれに飛びついた。レイナから奪うようにそれを手に取ると床に置き漁るように読み始める。全く、こいつはなぜみんなで読もうという発想がないのか・・・。
「おい、みんなで読もう」
漆「ミドライグル家の悲劇。新たな刑罰・・・殺人刑?」
殺人刑とやらを漆に尋ねるよりも先にそのファイルを覗き込む。そこにはティモの簡単なプロフィールが書かれていた。
履歴書のように彼がいつ、何をしてきたかが大雑把に書かれ、フリースペース的な部分には太文字の見出しで漆が言ったワードが並んでいた。
『ミドライグル家の悲劇』──銀行業で成功し莫大な財をなしたミドライグル家。一族は繁栄を続けあらゆる業界にその親族を輩出していった。だが、一晩でその繁栄は終焉を迎える。
雪の積もる冬のある日、ミドライグル邸に武装集団らしき組織が押し寄せ家ごと銃火器で破壊。遺体は全て性別の判別がつかないほど損傷が激しかった。
また、各地にいたミドライグル家と血縁のあるものも同様にその日に惨殺されている。
この武装集団の正体は未だ不明であり、ドイツ政府は他国軍による暗殺も視野に今も捜査を続けいる。
ギンター「・・・そんな事件があった気がする。俺がまだ兵士だった頃だ。今から10年以上は前か」
「ということはティモはこの悲劇の生き残り?」
ギンター「可能性はあるが、まさか生存者がいたとはな」
レイナ「でもだとしたら子供がこれだけの船や島を用意して、この殺し合いコンテストを運営できたと思います」
漆「こっちを読めば分かるけどそうだと思うよ。その復讐心がこっちの殺人刑というアホなアイディアを生みだしたっぽい」
『殺人刑』──死刑というのは甘い。殺人をしたザイキンをただ殺してそれで終わりなんだから。僕はもっと恐怖を与える罪が必要だと思う。
人を殺したザイキンには死の恐怖だけでなく、殺される恐怖も与えるべきだ。どんどん周りの人間が惨殺されていって次は自分が肉片になるかもしれないという、そんな恐怖を死ぬ前に知るべきなんだ。
だから僕がそれをやる。
父さんや母さん。兄さんに姉さん。おじさんおばさん。そして先祖代々受け継いできたこのお金を使って、世界中の犯罪者、特に殺人をしたザイキンを罰してやる。
そうすればいつかみんなの仇をとれるだろうから。──ティモ・ヤーパン・ミドライグル。
「これは奴の日記か」
漆「ティモも下らないけど、子供にこんな思考をさせた社会がもっとクソだね。ほんと、どこも腐ってやがる」
ギンター「これだけのお金があればもっと、別の方法でやれただろうに」
「彼も被害者だった。とはいえ行ったことは許されない。幸、最後の最後でティモはそれに気がついているように見えたけど」
仰向けのティモの顔はタマゴの顔。何度も見てきた憎い顔。同情なんてしてはいけない。だけど、なんで死んじまったのかなこいつ。俺よりもまだまだ全然子供なのに。
レイナ「結局ウイルスや、船の操作方法に関しては情報なかったですね・・・」
ギンター「船の操縦は俺に任せろ。船内を探せばどこかに操縦室があるだろう」
「ウイルスだけど俺はまだ疑ってる」
漆「じゃあ何? ティモは自分にだけ致死性の毒を注入したってこと?」
「そうだと思う。安楽死で使うようなものじゃないかな」
漆「私は不安だからもっと船を調べて情報を集めるよ」
「俺たちも行くよ」
ギンター「お願いしたいが万が一ティモが目を覚ますといけない」
漆「さすが米兵。ゾンビへの対策がしっかりしてるね〜」
ギンター「念には念をだ。だからすまんが今度はノリト達が見ていてくれ」
「ああ、分かった。そっちは頼んだよ!」
ティモを見張る。といっても、することがない俺たちは他のみんなのファイルに目を通すことにした。




