71 豪華客船さ!
71 豪華客船さ!
船の中は寒かった。当然無風。それでもヒンヤリしているから洞窟の中みたいだ。唯一の明かりは非常口の場所を示す蛍のような緑の光。物音は全くない。
いつどこから何かが出てきてもおかしくない。急に背後から肩に手を置かれそうな雰囲気。そんな廊下をずっと進む。
すると少し広くなった廊下が文明の白い光と共に見えて来た。天井には一定感覚に見慣れた白い明かり、床と壁は鉄色の空間。廊下の両脇には一定間隔ごとにドアがいくつも並んでいて学校の廊下の様。
このビッグ烏骨鶏が本来の軍艦として使われていれば、各兵士だちが使う部屋だったのだろうか。
道を進みながらいくつかのドアを開けてみたが中は空っぽ。使われた痕跡もなかった。牢獄のように寂しい部屋に俺はなぜか既視感のようなものを抱いた。
漆「この船さ、もしかしてもうタマゴしか残っていないんじゃないの?」
ギンター「万が一に備えろ。生きている鬼がいるかもしれん」
レイナ「廃墟を散策している気分ですね」
「レイナはそんなことするの?」
レイナ「・・・します」
(まじか〜。知りたくなかったなそれは)
漆「なら先頭来る?私らぶっちゃけ迷子だし。チカイならタマゴのところまで案内してくれたり?」
「それならギンターは船の中を分かっているんじゃないのか?」
ギンター「すまんがうろ覚えだ。ほぼ分からないに近い」
ギンター「だがとりあえず真っ直ぐ廊下を進めば良いだろう。道はこれしかないんだからな」
???《ぷっぱか♪ ぷっぱか♪ ぷっぱかプー♪》
廊下中にご機嫌な子供の声がチャイムとして響く。その声は島で聞いた時よりも鮮明で、大きい。より近い距離に奴を感じた。
「タマゴ!?」
タマゴ《やあ、元気そうだね。3人もギンターアッシュも》
怖いくらいにタマゴの声は冷静。初めからこの状況を予期していたかのように淡々と話す。そのいつも通りの態度には余裕と圧力すら感じる。
タマゴ《ところで迷子だって? これじゃあ授業に遅刻しちゃうよ?》
タマゴ《ま、優しい僕は待ってあげるけど、いつまでも待つのは退屈だから部屋まで案内してあげるよ》
漆「その案内とやら、ちゃんとあんたの部屋に着くんでしょうね?」
タマゴ《今更何もないよ。島には誰もいないし、鬼もいなくなったしほんと退屈なんだ》
タマゴ《だから早くその廊下を真っ直ぐ進んでエレベーターで頂上まで上がって来てよ。じゃあ待ってるから》
やけに素直というか自然な口調。今までのタマゴとは違う。何も演じていない普通の子供だ。
「殺人コンテストが終わった今のタマゴって何が狙いなんだろう。部屋にも簡単に案内するし」
レイナ「私たちを殺すことが、目的ではなくなったんですかね」
漆「そんなもん考えなくていいでしょ。ちゃっちゃとあいつの部屋に行って、サクッと殺してこの船で帰るのよ」
「・・・やっぱりタマゴを殺すのか?」
俺としては普通に疑問をぶつけただけだった。だが3人は一斉にこちらを凝視した。おかしいことを言ったのか?別に最初から殺すつもりでいなくても良いと思ったんだが。
漆「と、当然でしょ? あんたなんか特にみんなの仇を取りたいって感じじゃないの?」
「そう思っていた。でも、今のタマゴは普通の子供だったよな」
ギンター「騙されるなノリト。タマゴは詐欺師だ。そうやって油断させている」
ギンター「エレベーターで上がったところで奴の言った通り何もない、とはならんだろう」
レイナ「私たちにこんな最低最悪なことをさせた張本人ですよ? 例え子供でも許せません!」
「そ、そうだよな。ごめん。俺ちょっとボケてたわ」
漆「ボケるならもっと面白くボケろよ。それともなんだ?老いる方のボケかよ」
ギンター「いいから進むぞ」
いつからか島を出るためにはタマゴを殺さないといけないと思っていた。殺さなくても拘束しないといけないだろう。でもいざ奴を目の前にした時に、俺はそんなことが出来るだろうか。
一応タマゴを殺す覚悟をしたつもりで黒船に乗り込んだ。後悔や臆病な心はボートに置いてきた。そんな気持ちでいた。なのにこうやって一歩一歩廊下を着実に進むことが今は怖い。
いつの間にか足元を見ながら歩いていた俺。すると左から靴が近づいてきて柔らかい体が腕に密着した。
レイナ「タスク君。気持ちは分かりますけど、その優しは、優しさじゃないと思います」
「別にタマゴを助けようなんて言ってないよ」
彼女に耳元で言われたのに聞き取れない。いや、聞き取れたけどそれどころじゃないというか、色々と近いというか。そう色々と近いレイナ。
レイナ「きっとこの後タマゴを殺すな──って言いますよタスク君は。タマゴを誰かが殺そうとした時には体を張って止めると思います」
「ああ〜。やりそうだね俺。じゃあもしそうなったらレイナが俺を止めてよ」
レイナ「喜んで──」
横を見ながら歩いていた俺たちは前の2人にぶつかった。レイナはぶつかったのが漆だったから良かったが、俺はギンターの鉄板のように硬い背中に衝突。電柱かよ。軽く頭が揺れたぞ。
「ど、どうしたんだ。行き止まりか?」
ギンター「いや、エレベーターだ」
漆「タマゴの言った通り本当にあったよ」
2人の前へ出るとそこにはよく見かける平凡なエレベーターが1台。ただのグレーのエレベーターなのにラスボス前の門のような存在感を放っている。
天井付近には1から4までの数字が並んでおり、横の壁には上に向いた矢印だけのボタン。つい反射的に押しそうになったが、となりから伸びた太い手がすぐに押してしまった。
「おいギンター!」
ギンター「なんだよ。ボタンを押しただけだろ?」
何か仕掛けがあったらどうするんだと思ったのが、今のところ何も起こらない。上を向いた矢印が黄色く光っているだけ。
漆「もしかしたら開いた瞬間鬼が出てくるかもよ」
「いや、何かしらあるぞ絶対。とりあえず距離を取ろう」
レイナ「逃げ道は来た道だけですし、隠れる場所もないです」
ギンター「ガトリング砲が出てこないことを祈っておくんだな」
天井の数字が4、3と1に近づく。何が出てくるか分からない恐怖の扉をじっと睨む。身構える余裕もないほどすぐに数字は1になった。
直後〝ちーん〟と、緊張感のない音がたった4人のために鳴る。




