69 帰還
69 帰還
操縦していたボートを海の上で停めたギンター。水飛沫が海に溶けると彼は再びこちらを向く。深呼吸をして開けたくなさそうな口。その姿には少し見覚えがある。
ギンター「俺がウラハを殺して、あの不平等なミニゲームをクリアした──って、そこまでは覚えているか」
「ああ、覚えているよ。でも俺が知りたいのはその後だ」
「ギンターはその後島から出て……俺たちを裏切ったじゃないか!」
漆「助けに来るって計画だったんだっけ?あんたサイテーね」
漆「しかも何よあのゴミ屋敷。そんなんじゃ結婚できないよ」
レイナ「漆さん言い過ぎですよ」
一方的に言われているギンターだがそれには反応せずあごに手を当てて考え込む。
漆の辛辣な言葉は彼の鍛えられたメンタルにはノーダメージ──というよりも言われていることが何のことかピンときていない様子。
漆「早く説明しなさい。どうしてあんたが鬼なんかやってたの?」
急かされたギンターが青い瞳を鋭く光らせる。姿勢を正した彼は驚きの真実を告げる。
ギンター「──俺はこの島から出ていない」
それは、俺たちにとって受け入れられない告白だった。船上の時が止まり、弱い波がボートを揺らし続ける。海上からは音が消えてた。
島から出ているはずのギンターが島から出ていないと言う。それどころか彼は鬼になっていた。
嘘だろ?と、言いたいのだが、彼の顔は決して嘘や冗談を言っているようには見えない。彼の告白が何を意味するのか、全員理解したと思う。
ああ、そうだ。俺たちが見たあのギンターは真実じゃないってことだ。
ギンター「俺は例のミニゲームの後、ビッグ烏骨鶏の中に案内された」
ギンター「本当に島から出られるのだと驚きつつ案内する鬼の後を歩いていると突然意識を失った」
漆「は? なんで意識を──」
俺は彼女を手で止めた。つっかかりたいのは俺も同じ。だがもっと問題なのはその先だ。
ギンター「そして次に俺が目を覚ましたのは、ほんの何日か前のこと。だからすまないが、俺はウラハを殺したあの日から目覚めるまでの間はほとんど記憶がない」
漆「つまりあんたはあの日からずっと鬼として生きていたってことね」
レイナ「じゃあ私たちが見せられたゴミ屋敷の映像は嘘ってことでしょうか?」
ギンター「・・・まあ、そうなるんだろうな」
「気を失ってから目覚めた最近までの記憶がないのって、多分だけど操られていたんじゃないか?」
ギンター「俺もそう思うよ」
そう言うとギンターは操縦席から鬼の頭の部分を持ち出す。スイカよりも遥に大きく、俺が頭につけたらバランスを崩して倒れてしまいそうな鬼の頭。
レイナ「これ、着ぐるみと言うよりヘルメットですね」
生首のように見えるそれを彼女は躊躇なく触り観察する。にしてもよく触れるな。今にも首だけで動きそうなんだけど。
そのリアルな見た目から頑丈に出来ているのは触らずとも分かる。もしも太陽が出ていたら反射して光っているだろう。
それでも漆が投げたナイフはこれに穴を開けた。刃が深くまで届くことはなかったがその穴は今も生々しい。だが今思えばこのヘルメットの頑丈性には感謝したい。ギンターが穴だらけにならなくてよかった。
漆「内面はやけにハイテクね。パイロットが見ていそうな景色」
レイナから受け取った漆はそれを実際に被った。本人には言わないが、はみ出た赤い髪の毛と相まって鬼のマスクがよく似合っている。
漆「あんたも被りなよ。童貞男はそういうの好きだろ」
抵抗する間も無く俺はそれを頭にかぶせられた。まるで人が乗っかったかのような重さ。手で持つならまだしも頭にかぶるものじゃない。
それでも漆が言ったように少し憧れる光景がこの中にはあった。ロボットアニメに出てくる操縦席のように正面や横には小さなモニター。後頭部には頭を挟んで固定する小さなヘッドホンのような物まである。
ギンター「分かったろ?タマゴはこれを人間にかぶせて、無理やり鬼として操っている」
漆「確かにこのヘッドホンとか怪しさ満載ね。洗脳されそうな曲が聞こえてきそう」
レイナ「でもどうしてギンターさんは、その洗脳から目覚めることができたんでしょう」
「漆が投げたナイフはもうギンターが目覚めた後だから、モニターに穴を開けたこととは関係ないか」
ギンター「あれは本当にビックリしたぞ。目の前にナイフが飛んで来て、死ぬかと思った」
漆「ちょっと刃先が入っただけでしょ?兵士のくせにそんなんで大袈裟だね〜」
鬼のヘルメットの中を見ていると後頭部に違和感があった。さっそくそれを外して確認すると思った通りだった。
「──なあ、ギンター。この鬼の首辺りについてる横向きの傷は、いつのものか分かるか?」
ヘルメットの内部、正面と横のモニター。さらには後頭部のヘッドホンに傷と呼ぶには綺麗な直線が入っている。
ヘッドホン部分に至っては引っ張ったら今にも取れそうなくらいヘルメットとの接合部分に溝がある。まるで刀で斬られたような傷。
ギンター「ハッキリとは覚えていないが俺が目覚めた時、周りに鬼が血を流して死んでいた。何かと争ったようだったが誰もいなかった」
それを聞いて浮かぶのはあの人。きっと彼女に違いない。
「──アスカさんだ。アスカ妃美子だよ」
ギンター「なんだって?」
斬首されて死んだアスカの最後を見届けた漆とレイナはなんとなく察している様子。
レイナ「アスカさん言っていたんです。船にいる鬼はほとんど殺したって」
漆「それでも30体も残してたけどね。どこかの手強い鬼が手を抜けば、もっと倒してくれたのにね〜」
ギンター「つまりアスカはあのビッグ烏骨鶏に乗り込んで鬼を殺したのか? そして鬼の時の俺と戦った?」
「そうだと思う。その時にアスカさんが持っていた日本刀で、ヘッドホンと頭本体の接合部分が斬られた。そのおかげでギンターの洗脳が解けたんだよ」
ギンター「そのアスカは!?」
漆「ああ、とっくにしん──」
「処刑されたよ。アスカだけじゃない。ギンターがいなくなった後、サイセもギヨウもキケツもみんなタマゴに殺されて──」
ギンター「俺が島から出られていれば!!」
振り下ろされたギンターの拳が鈍い音を鳴らしボートを揺らす。その後も彼はなんどもボートを叩き続けた。
「まだ、俺たちがいる。まだ、終わっていない。今度こそ島から出るために力を貸してくれギンター!」
ギンター「もちろんだ!俺はそのために帰って来た。俺の経験と力、お前らを助けるために使おう」
より強く彼と手を握り合う。頼れる彼が、この頼れる掌が、やっと帰って来た。
漆「正直このリア充カップルの相手は1人ではキツかったんだわ〜。あんたでもいてくれると助かる」
ギンター「あぁ、それで2人ともファーストネームで呼びあっていたのか?」
レイナ「違いますよ!! そういう理由じゃないです! さあ早く黒船へ向かいましょう!」
何を思ったのかレイナはギンターを押し退けて操縦席に座る。
「待て!運転はギンターに──」
止める間も無くボートは急発進。ボートは海面と衝突しながら蛇行運転をしばらく続けた。




