68 黄泉の国へ
68 黄泉の国へ
────ここは、どこ、だ?何も見えない。ただ暗くて暗くて闇が広がっている。仰向けの俺の体は闇の中を揺れて漂っている。
漂う最中、俺の頭は何かにぶつかる。揺れるたびにコツン。ひどいとゴツンとぶつかる。その痛みは頭に響く。振動がまるで電流のように走り記憶が再生される。そうかこれが走馬灯というやつか。
倒れる漆。向かってくる不死身の鬼。立ち向かう俺──ああ、結局俺はあの鬼に殴られて死んだのか。ならここは死後の国。だから今俺が漂っているのは三途の川というやつか。
でも濡れない、溺れない。そうか、俺が今横になっているこれは船か。
この船、随分と運転が荒い。いったいどんな死神が操縦しているんだ。もう少しゆっくりと漕ぐものじゃないのか。なんだってこんな上下に激しく揺れて水飛沫を上げるんだか。
「痛えな」
不満がつい声に出る。運転手がおっかない鬼だったらどうしよう。鬼ならまだ見慣れているから良いがもっと恐ろしいモノが出てきたら嫌だな。
死んだふりでもするか。いや、もう死んでいるのか。
???「タスク君! 起きましたか!?」
あれ、この声は……レイナ?そうか、結局レイナも殺され──
???「まだ寝かしときなよ。こいつは今賢者タイムなんだから」
レイナ「賢者タイム?」
漆もいるのか? 相変わらず失礼なやつだ。やけに楽しそうなトーンで話している。死んで吹っ切れたのか。
漆「そ、ノリタクは気持ち良くイったんだろうさ」
レイナ「そんな風には見えませんでしたよ。殴られて、空中で一回転ですよ?」
「もうそんな馬鹿な奴と話すなよレイナ」
口を開くと共に俺は起き上がった。体をほぐすと長い眠りから覚めたような全身が痛む。関節がパキパキッと、楽器のように音を鳴らした。
「思ったよりも三途の川ってデカいんだな。まるで海じゃんかよ」
率直な三途の川の感想。一面ただの黒い水。船から落ちたらこの底なしの闇に沈んでしまう。そのくらい水はダークだ。
空には不気味な満月がこちらを見下ろしている。それが唯一の光。水面ではそれが小刻みに不気味にゆれてまさに死後の世界。
漆「バカなのはお前の方だよノリタク。なあチカイ?」
レイナ「ほんとですね。まさか死んだと本気で思っているんですか〜?」
口元を押さえる2人が俺をバカにする。俺はむしろ笑っているこいつらを心の中でバカにしていた。だが冷静になってから周囲を見ていると──顔を両手で隠したくなった。
しかしその前に、絶対に確認しなければならないことがある。俺たちが乗っているこのボート。その運転席には見覚えのあるあの大きな赤鬼が座っているではないか。
もし仮に俺たちがまだ死んでいないとしても、結局状況はそれとあまり変わっていないのでは?なら今ここでこの鬼を殺せば──
???「おっと、起きて早々に人を殺す気かよ」
背を向けたままの赤鬼が喋った。今まで聞いた機械のような鬼の声とは違う。マスク越しだが人の声ということはハッキリと分かる。しかもこの声を俺は聞いたことがある。
──そうか!! だからレイナと漆は安心してこの船で運ばれていたのか。
「なあ、顔を見せてくれよ。あんたなんだろう?」
そりゃどうりでこの赤鬼は強いはずだ。素人の俺が世界最強の軍の兵士に敵うわけがない。
???「さっきはすまなかったなノリト。だが、生きていて良かった」
「あんたに殺されるかと思ったよ──ギンター・アッシュ」
穴だらけの鬼の被り物を一通り脱いで振り返ったギンター。申し訳なさそうに頭を下げる彼と久々に強く握手を交わした。
どうしてあの裏切ったギンターが今ここにいるのだろう。そのことを考えれば混乱していてもおかしくない。もしかしたら彼は俺たちの敵かもしれない。
けれど漆やレイナが警戒していないとすると、少なくとも敵である可能性は低い。だから彼に冷静に尋ねることが出来た。
脱出したはずのギンターがなぜここにいて、俺たちをこれからどうするつもりなのかを。




