59 彼と彼女のif
59 彼と彼女のif
漆が去った後、私はすぐにタスク君の元へ駆け寄った。まだ砂浜に倒れたままの彼。起こそうと思ったけど、空の太陽を眺めてるその顔を見てやめることにした。
まだ彼は戦意を喪失していない。その目は明日を見据えてギラギラと輝いているんだもん。
「生きていて良かったです」
ノリト「明日は死ぬかもしれないけどね」
「やめてください!」
笑った彼の顔を平手でぱちんと叩いた。軽くじゃなくて八割くらいの力。だったけど手が痺れてその行いに後悔した。なのに彼は赤くなった頬をまだ天に向けている。
「・・・ごめんなさい」
ノリト「いや、むしろありがとう。こんな風にぶたれたの久しぶりだよ」
「てか、レイナって結構力強いんだね。何かやってたの?」
「運動は何もしていないですよ。それより早く起きてください。もうすぐお昼です」
彼は戸惑なく私の手を掴んで起き上がる。私の名前を呼ぶのにもすっかり慣れた様子。私はまだ慣れてないんだけどな。今だって急に触れられて緊張したのに。
ノリト「今更だけどさ、レイナって人を殺すようには見えないよね」
「それはお互い様ですよ?」
ノリト「た、確かに。漆だって別に見た目はチャラいだけでそうは見えないし、」
ノリト「あのキケツでさえ何も知らなければただの顔色の悪い人だもんな」
「はい、サンドイッチどうぞ」
ノリト「これはレイナの分じゃ?」
「私は少しで良いんです。それよりタスク君にいっぱい食べてもらいたくて」
ノリト「じゃあ俺はこれあげる」
私のサンドイッチを受け取ると、彼はナイフを渡してきた。勢いでついそれを受け取ってしまった。すぐに返そうとすると彼は立ち上がって、胸から出した包丁を握りしめていた。
「・・・何のつもりですか?」
ノリト「練習に付き合って欲しいんだ。漆を殺すために」
「急に無理ですよ!もし間違えて怪我でもさせたら──」
ノリト「その辺は大丈夫。ゆっくりやるからさ。動作の確認程度だよ」
断る理由はない。彼のためになれるのなら、私に出来ることは何だってやってあげたい。
本当はもっと違う別のこと──もっと平和的な、日常的なことでサポートしてあげたかった。けどこんな私でも役に立てるのなら、私は彼の包丁のサンドバッグにだってなれると思う。
「お手柔らかにお願いしますね」
ノリト「ありがとう。じゃあまずは腹ごしらえだね。自分の分取ってくるよ」
その後、一緒にお昼を食べた。砂浜で緑の森をバッグに、青が透き通る海を見ながら。それはとても平和で特別な日常で、私がいつも独りで妄想していた日々に近かった。
2日後にこの島で生きているのは1人だけ。
私は別に死んでも良い。彼が生きるならそれで良い。そう思っていたけれど今の私は──やっぱり生きたい。私は生きたい。
生きて帰ってそしてその後も──いいや、その後のことは考えないでおこうかな。今をこうして、こうやって過ごせていることを思い出にしてずっと、生きたい。
ノリト「それじゃあ、やろうか」
その日は夕陽が沈む間際まで私のナイフと彼の包丁を交え続けた。
たった数時間、素人がナイフを持っただけ。それだけで暗殺者の漆に勝てるとは思えない。でも2人なら、殺せると思う。そして私は、彼に殺されて、彼が生き残る。
もしも。もしもだけど、一緒に島から出られるのならその時は──
ノリト「大丈夫? 眠いの?」
「違いますよ……あっ! 海が綺麗ですね!」
ノリト「確かにこればかりは見飽きない」
「明日もこの夕陽が沈む海を見ましょうね!」
ノリト「頑張りま〜す」
彼は赤いままの頬に手を当てて半笑い。良い意味で緊張感がない。
でもねタスク君。明日この夕陽を見るってことは、生きてなきゃダメなんだよ。って、さすがにそれは分かってるか。
だけど、その夕陽を見ながら私を殺さなきゃいけないことは分かっていないだろうな。
ああどうして夕陽を一緒に見ることさえ特別なことになってしまうんだろう。夕陽くらいふつうに見させてよ神様。私ってそんなに希望が高いわがままな女じゃないでしょ?
たかが、たかが、たかが夕陽じゃん!




