55 『命の音色』
55 『命の音色』
────次の日
何時かは分からない少し肌寒い時間に起きた。生まれたばかりの太陽の光が見える。まだ砂浜に荷物が届く時間じゃない。けど、することもない。話す相手もいない。
この洞窟もすっかり広くなってしまった。もはや2つも洞窟はいらない。見張りの青鬼の数も1人に減っている。漆はおそらくあっちの洞窟で寝たんだろう。
俺はレイナを洞窟に残して顔を洗いに外へ出た。濃い霧がかかる寝起きの森、そんな森を起こすように蛇口を全開にして水の音を轟々と鳴らす。蛇口を止めると騒音が一瞬で消えて、また静寂な森に戻る。
森を見つめていても語りかけてきやしないが、そのまま意味もなく森を散策することにした。
こうして森を歩くのが懐かしい。一番最初、この島から12人全員で出ようと言っていた頃、嫌になるくらい何度も見たであろうこの森が今は違って見える。
豊かな緑は太古の世界を連想させる。地球から姿を消した大きな動物たちが、木の隙間から現れてきそうな雰囲気。俺たちはこんな素晴らしい環境で一体何をしていたんだろう。
そんな風に、もう二度と取り戻せない時を考えて歩いていた時、何か音が聞こえてきた。
タマゴの声でも鳥や虫の声でもない。機械的な人工物の音でもない。久しく聞いていなかった心地いい音──音色だ。楽器から出ている生の音色。
その音色の聞こえてくる方へ樹木の間を進む。音色はどんどん大きく、やがて鮮明になる。それは聞いたことがない曲。楽器の音は笛? 竹笛?そんな感じ。とてもゆったりとしたリズムで心地がいい。
野生の動物や森の妖精が寄って来そうな音色に、俺は目を閉じたままさらに音を追いかける。いや、誘われているのかもしれない。
いつの間にか森の中を流れる川に来ていた。笛の音はどうやら川を見下ろす岩の上から流れているようだ。
その岩の上、見ると赤い髪の女が立っていた。陽光に照らされて、笛を吹く彼女はラッパを吹く天使。絵になるその光景はとても幻想的。
「おはよう漆」と、笛を吹く彼女に声をかけようとしたが木の陰に隠れて、笛の音色を聴かせてもらうことにしよう。朝の目覚めにぴったりな優しく時の流れが穏やかになる音。あの漆が奏でていることも忘れてしまう。
ふーん。ふふふーん。ふふふふふーん。鼻でメロディを真似たけど、なんか違うな。ふーん。ふふふふーんふーん。ふふふふ〜ん。かな?
──それからどれくらいの時が流れたのかは分からないが気温は上がり、朝の森はすっかり南国の島になっていた。その時に合わせるように笛の音は止んだ。
漆「おはようノリタク。さて、チップを貰おうか。小銭はなしだぜ?」
川を忍者のように軽く跳んで漆がやって来た。さすが、ここにいたのはバレていたか。
「おはよう漆。確かに万札をあげたいくらい素晴らしい曲だったよ。最近始めたのか?」
漆「は? この島に来た次の朝から吹いてたけど?」
「全然知らなかった・・・」
彼女が胸の前で持つ笛は見ただけで時代の流れを感じた。茶色だからじゃない。傷や欠け、きっと次の世代が吹く頃にはもう今の音色は聞けないだろう。
「その笛、見たことないな」
漆「・・・洞簫。お前の国で言うところの尺八かな」
「お前の国では? 漆は日本人じゃなかったのか?」
漆「そんなのどうでも良いでしょ?だから言わなかった。それに私自身も自分のことは詳しく知らないしね」
彼女の自己紹介を思い返す。あの時は気にしなかったが、彼女がなぜ名前を漢字で書いていたのか。なんだ、そういうことか。ちっとも気がつかなかった。せめて中華料理がお題にあればな。
「──今日、お前は何をするんだ?」
漆「寝ようかな。この島はなんも危険な動物がいないし森で」
そう言うと仮にも女性であるのに俺の前で仰向けになって寝転んだ。当然地面は土や草だが何も気にしていない。そういうところはとても男っぽいが、上半身に現れた膨らみが彼女が彼女であることの証明だ。
漆も普通にしていればモテそうなんだけどな。
「なあ、無理かもしれないけどさ」
漆「無理だよバカ。3人で島から出るのは無理。夢見んなよガキンチョ」
まだ、言ってねえよブス。
「……アスカがやったように船の中に侵入して船をジャックすれば、3人で脱出──」
漆「あの船に入るのはもう無理だよ。コンテストをクリアして誰かを殺した人間は赤鬼との対決ゲームをするために青鬼にあの黒船に連れていかれる」
漆「けど、アスカはその時にキケツとある取引をしていた」
「と、取引? アスカとキケツが?」
漆「あの日、サイセとギヨウがキケツに殺されたのはアスカの作戦通りだったんだよ」
そういうことがあったんじゃないかって何となくそんな気はしていた。けれど本当にそんな作戦があっただなんて、今更ながらショックだ。
けどもしも俺がその作戦を知っていたら全力で反対したし、サイセとギヨウを守ろうとした。仲間外れにされても仕方ない。
「じゃあもう本当に、殺し合うしかないのか」
漆「あんたって最初からそうだよね。どうして殺人という行為を否定するの?」
漆「別にこの島ではそれが罪にはならない。むしろそれを推奨している。自分が生きるための手段なんだよ」
漆「人を1人殺そうが2人殺そうが良いじゃない。どうして良い人であろうとするの?私にはその気持ちが理解できないよ」
ああ、正しいかもしれないよ漆。俺は良い人であろうとした。だけどそれの何が悪いんだ。何が間違っているんだ。俺は何度だって言う、人を殺すことは正しくはない。
「命を奪う行為はどんな状況でも悪だ。それが正当化されるような場でも絶対に悪だ」
「だって、命は大切なんだ。だからそれを奪う行為、人を殺す行為はダメなんだ」
漆「そのさ、命は大切ってよく聞くけどさ、どうして大切なの?」
漆「私はゴミのように扱われてきた命を見てきた。だからいまいちその言葉に納得出来ないんだよね」
「一生懸命生まれてきたから命は大切──これさ、俺の友達が昔言ったんだけど、俺はこれが今のところ正解だと思ってんだよね」
「でもお前意外としっかりというか、真面目そうだしそんなの当たり前だと思うだろうけど」
漆「──そうだね。一生懸命生まれてきたから命は大切、抽象的でよく分かんない。でも、」
漆「今まで聞いてきた理由の中では一番しっくり来たかも」
急に起き上がった漆は早歩きで俺が来た道を戻り始める。どこへ行くんだと尋ねると砂浜だろうがと、当たり前な顔をして答えた。
そうか、もうとっくに荷物が届いている時間だった。




