4. 異常 その1
2020-05-02 サブタイトル修正
「さて、次はこの子を見ていただきましょう」
「……さ、さっきのあれ以上の驚きは無いと思っていたんですが、見通しが甘かったですね……」
伯爵の案内で次に案内されたのは中庭だった。
中庭と言っても所謂庭園のような観賞用に手入れされたような場所ではなく、先程のポチがいた部屋同様に何らかの実験やら試験の類を目的とした場所になっているようで、わざと荒れ地のようにでこぼこさせた箇所であったりとか、勾配や段差、果ては水場と言った障害物が用意されていた。
しかし、アプリコットが驚愕したのはそのような設備に対してではない。
そんな仕掛けなどは目に入らなくなるような存在が中庭にいたからだった。
「紹介します――ジョンです」
ジョン、と呼ばれた二足の魔導人形が、恭しくお辞儀をしてのける。
何度も言うがアプリコットは特に魔導人形の専門家ではない。
だがマグノリア然り、武術を嗜むにあたって学んだ、あるいは体に覚えさせられた知識の一つとして、人間程の、或いはそれ以上の重さ大きさの体を、たった二本の足で立たせる、という事がどれだけ困難な離れ業であり、高度で複雑な能力と作業によって成されているか、という事は完全にではないが理解している。
先の大々的に発表された魔導人形というのも二足で歩行したのだが、その足はとても脚部などと呼べる代物ではなく、大きな台座二つに胴体が乗っかっているような不格好な状態だった。
それに対してジョンと呼ばれたこの魔導人形は決して太いわけではない人間様の形状をした脚で特にふらつくでもなく自立している。
ポチの動きも驚嘆驚愕の代物だったが、ジョンに至っては動く前からして既に驚愕の状態なのである。
更に、伯爵の表情とポチの前例からすると――。
「さあジョン、始めて」
そう伯爵に命じられると、ジョンは躊躇いもぎこちなさも無く滑らかに――歩き出した。
「本当に歩いてる……」
「うーん、私はポチの方が……」
マグノリアの評価基準が何か妙な事になっている様子なのはこの際置いておいて、アプリコットはこの驚愕すべき成果の評価と分析に集中する事にした。
ジョンはポチ同様に平らな地面はおろか勾配、悪路、段差等々の障害をものともせず踏破していく。
四つの脚でやっていた事を二つの脚でやる事の難易度もだが、時折障害物を越える際に見せる跳躍の動作が再びアプリコットを驚愕させる。
一体どれ程高度な術式と機構を組み込めばそのような瞬間的かつ膨大な判断と処理を行えるのだろうか。
ジョンのお披露目は、最後のおまけとばかりに前転をして見せて、アプリコットに何度目かもわからない驚愕を再び与えて終えた。
「いかがでしたでしょう?」
伯爵がにこりと尋ねる。
「いかがというか何と言いますか……聞きたい事は山程あるのですが、何処から聞けば良いのやら、というか……」
「ポチが大変に愛らしかったです」
最早完全にポチに魅了されているマグノリアに苦笑しつつ、お世辞でもなんでもなく本当に何処から聞いたものかと思案するアプリコット。
「この子達程の成果とまではいかないのですが、他にも幾つかお見せし得る段階の子達もいますよ。
その子達もご覧になってみますか?」
マグノリアがふんふんと食い気味に、アプリコットも思案がてらに、という様子で共に頷くと、伯爵は更に幾つかの成果を披露し、アプリコットは結局その度に驚いて考えや質問を纏めるどころではなかったのだった。
*****
「これらが一気に実用化されると、とんでもない事になるんじゃないですか……」
あの後も、信じられない程高く跳躍して障害を越えていき、落下の強い衝撃に全く動じない小型の魔導人形であるとか、浮揚の如く浮かび上がる事ができ、その魔力効率は浮揚の数十倍優れているという、風車のような回転する羽を備えた飛行型魔導人形など、どれをとっても百年に一度と言っても良いような驚異的な発想と技術を見せつけられる事になった。
結果、ただの視察にしては手に余るほどの偉業の評価を抱え込む事になってアプリコットは腕を組み唸る。
一方、視察の時もそうであったがマグノリアは比較的悩んでいない、というかかなり気楽に楽しんでいるようだった。
「リアお姉様が楽しそうなのは何よりなのですが、ひょっとしなくても私達の一存で評価したり持ち帰ったりしていいような代物では無いような気がするのですが……」
アプリコットが不安げに尋ねると、マグノリアは少し小首を傾げて頬に指を当てる。
「そうですね……これらの技術が人の手だけで成し遂げられるようになったら、この国、或いはこの世界のあり方さえ変わってしまうのかもしれませんね。
ただ、今回の件に関してはそうはならないでしょう。
勿論、それであっても伯爵の生み出した成果は偉業として讃えられる事は間違いないのでしょうが……」
何かに感付いたか、知っていることがあるような様子だが、詳しく話すでもなく、どことなく歯切れの悪い調子のマグノリア。
どうもこの屋敷に来てからというもの、マグノリアの様子がおかしくなってきている、とアプリコットは感じ始めていた。
いつもならもう少し積極的というか、真面目にこなそうとするのがマグノリアだ。
「リアお姉様、何かお悩みでしたら何でも言ってくださいね?」
マグノリアの手を取り、少し心配しつつも笑顔を向ける。
アプリコットがそうすると、マグノリアもいつものように、きゅ、と優しく握り返して微笑んでくれた。
「ごめんなさい、心配をかけていますね……。
確かに難しい問題ではあるのですが、大丈夫。
ただ、少しいつものようには……ああ、でも……そうですね……」
最後はやはり歯切れが悪くなってしまった。
どうしたものかとアプリコットが眉根を寄せるのと同時に、部屋のドアがノックされた。
「遅い時間に失礼致します。
ラズリーでございます」
訪れてきたのは、屋敷の使用人であるラズリーだった。
「どうされましたか……?」
伯爵からの用件を伝えに来た、という風でもない様子だが、客人に使用人が個人的に会う、というのはマナーとしてはあまり良いものではない。
アプリコットが訝しげにしていると、ラズリーが申し訳無さそうにしながら話し始めた。
「その……お客様に、しかも《聖女》様に対して一使用人がお願い事をするなど、厚かましく、不作法で無礼である事は承知しております。
その上でお願い致します。
《聖女》様、私に武術の手解きを、鍛錬をしてくださいませんか」
使用人が《聖女》に願う内容としての突飛さも加わって、アプリコットの顔がいよいよ訝しげを通り越して不信感で一杯になる。
しかし、鍛錬、というキーワードが飛び出した事でマグノリアは乗り気になるだろうとも思い、半ば諦めに似た気持ちでマグノリアを見た。
しかし、マグノリアは悩ましげに少し考える素振りを見せた。
「……リコ、あなたから教えてあげて貰えないでしょうか。
私は少し休みたいので」
アプリコットは自分の目玉が飛び出るのではないかと思った。
「え、ええええええ!?」
ラズリーに対する不信感も吹き飛んでしまう。
アプリコットはマグノリアが只事ではない状態にある事を最早疑う余地は無いと確信した。
次回は明日の12~14時頃投稿予定です。
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