3. 聖女 その2
今日も2話投稿予定です。
こちらは1話目です
王城。式典会場。
《聖女》マグノリア捕縛の命を受けて掴みかかろうとした兵達は――、
――次の刹那、かき消えていた。
「……は?」
ジェラードが呆けた声を上げるのと殆ど同時に、ずしん、と何かが打ち付けられるような音が、会場であるメインホールに響き渡り、建物全体がびりびりと震える。
立て続けに起きた不測の事態に、どよめきと悲鳴が上がり、ジェラードも狼狽えて周囲を見回す。
はじめにそれを見つけたのは誰だったか。
「あれ!あれを!」
人々が次々に指差し、一斉に視線を集めるその場所。
メインホールの壁面の一角。普通の建物の二階程の高さにあたる位置。
――その壁に、人が突き刺さっていた。
*****
《聖女》マグノリア・グレイウィルム。
この世界の人類の魔術の才覚、というのは即ち、生まれ持った魔力の量と質に等しい。
属性。制御力。保有量。回復量。
このうち、回復量を除く三つは先天的な特性であり、後天的に変えたり増減させることが出来ない。
勿論、実際に行使するにあたっては経験をはじめ様々な要因が絡むため、才覚がそのまま実力を示すわけではない。
特に実力評価がこの上なく実戦的な王国においては、様々な努力や別の才能によって、魔術の才を覆した実力者、というのは珍しい存在ではなかった。
しかし、そのような環境にあってもなお、マグノリアは異質な存在であった。
優れた武人を輩出することで名高い、グレイウィルム公爵家の長女として生まれたマグノリア。
彼女もまた、一族の歴代の例に漏れない高い魔力量を宿していた。
そして、その属性は一族でも例を見ない聖属性の適性を示した。
聖属性は、魔物に対して最も効果が高い属性とされ、この属性の魔力を多く保有していることが《聖女》となる者の最重要視される条件であった。
即座にマグノリアは次代の《聖女》筆頭候補となり、グレイウィルム一族の幼な子に対する期待は高まるばかりであった。
しかし、マグノリアが三つになり、正式な魔力測定を行った結果、その期待は急速にしぼんでいった。
魔力制御力が、皆無。
制御、と言っても、低いからと魔術や体内の魔力が暴走したり、その身を脅かす、というわけではない。
魔力制御力は、魔術の行使にあたって主に射程距離や影響範囲に大きく関わってくる特性である。
制御力が皆無である、ということは、外部に向けて魔術を使うことが出来ない、ということであった。
かろうじて、両手で触れた相手にならば魔術を使うことが出来たが、その身に宿した魔力の強さに比べればごくごく弱い魔術だけ。
マグノリアには、魔術の才能が無かった。
一方、《聖女》は、条件を満たす魔力の保持者であれば、実際的な魔術の才や実力は問われない。
当代《聖女》が既にかなりの高齢だったこともあって、マグノリアの《聖女》就任は推し進められ、マグノリアが五つの折に、形式的な《聖女》として就任した。
かくしてマグノリアは、落ちこぼれの《聖女》になった。
幸いにして、期待は失ってしまったものの、グレイウィルム家の者達は武人としての矜持からか、揃って誇り高い気質の持ち主ばかりであり、落ちこぼれてしまったマグノリアが家族から蔑ろにされたり虐げられるような事はなかった。
中でも特に祖父と兄の二人は、マグノリアの魔力測定の前後で全く態度を変えることなく、深い愛情と厳しさを以てマグノリアを導いた。
その甲斐あってか、マグノリアは自身の不遇な体質や立場を呪うこともなく、健やかに成長していった。
そしてある時、敬愛してやまない祖父の一言によって、マグノリアの人生は幼くして大きな転機を迎えることになったのである。
「おじい様、マグノリアはおちこぼれ、なのですか?」
執務室にいた祖父のもとにやってきたマグノリアは、僅かに俯きながら、そう問いかけた。
あまり表情が出ない子供であったが、祖父や、勤めの長い使用人などは、彼女がひどく傷ついているのがわかった。
一拍置いて、ばきり、と木材がへし折れたような音が響く。
後日、祖父の執務机が真新しいものになっていたのをマグノリアは知る由もない。
なんだか祖父の大きな体からどす黒い空気が漏れ出ている気がするが、眉間に指を当てて俯いてしまったので、表情がよくわからない。
「誰に……いや、いい。マグノリア、こちらへ来なさい」
そう言いながら顔を上げた時には、ものすごく目付きが鋭くて、ものすごく怒っていて、ものすごく怖く見える、けれども本当は全然そんな事はない、いつもの優しいおじい様の顔だった。
ほっとして膝元に寄れば、マグノリアの頭よりも大きな手を、ぽん、と頭に置かれる。
大きく厳つすぎる手は、重みからか圧迫感がすごいが、マグノリアはこの圧迫感が嫌いではない。
「……よいか、マグノリア」
頭に手を置かれたまま、強い眼差しで見つめられる。
とても力強く真剣な様子に、既にここに来た時の悲しい気持ちは八割が何処かへ行っていた。
「体を……体を鍛えるのだ」
マグノリアの祖父、パーシモン・グレイウィルム。
当世において並ぶ者無き武人。孫娘を溺愛してやまない、元《王国の剣》。
彼は――脳筋だった。
「はい、おじい様!」
何か通じてしまった孫娘もまた――脳筋だった。
「話は聞かせてもらったぞ!マグノリア、お兄様と一緒に……鍛錬だ!」
同じくマグノリアを溺愛する兄、レオノティス・グレイウィルム。
蝶番を破壊しそうな勢いで扉を開き現れた彼も――脳筋だった。
こうして、落ちこぼれ《聖女》の、血の滲む鍛錬の日々が始まった。
次は15時過ぎに投稿予定です。
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