9. 疑惑 その2
声の主はジェラードだ。
髪や肩についた葉っぱを払いながらやって来た。
ゲスギール子爵が喜色を浮かべる。
「殿下、お初にお目にかかります。
当地区を管轄しております、コモーノ・ゲスギールと申します」
ジェラードは「うむ」とだけそっけなく返すと、マグノリアとゲスギールの間に立った。
ゲスギールはそのまま続ける。
「殿下、是非殿下からも《聖女》様にお下がり頂くようお伝え下さい。
何か誤解があるようですが、我々は重要な容疑者の話を聞きたいだけなのです」
「ふむ、不正の件、だったな」
「ええ、我々はこの者等が誘拐事件を起こしたのも、不正と無関係ではない、と見ております」
「どういうことだ?」
「上位魔物の兆候を察知した此奴等は、不正の隠蔽に利用することを思いついたのでしょう。
私は此奴等から報告を聞いた時、慎重に動くようにと指示したのでございます。
しかしそれを無視して子供の保護と称して誘拐するなどという真似をはじめました。
より大きな事件を起こすことで、捜査の目をくらまそうとしたのでございます。
もっとも、我々の目は誤魔化せませんでしたがね!」
ゲスギールがフフン、と鼻を鳴らす。
騎士団員から「あんたが動いてくれないからだろうが!」と声が上がるが、ゲスギールは素知らぬ顔だ。
「だ、そうだが。
《聖女》の意見は?」
ジェラードはマグノリアに水を向けた。
「捜査の目をくらませるために誘拐事件を起こした、との事ですが、事件の発端は上位魔物による《前兆》です。
それを制御できる術など無いのに、それを利用する、などというのは無理があります。
仮に偶然利用できたのだとしても、誘拐事件など起こせば、ただでさえ不遇な彼等の立場がより一層悪くなってしまうので、目眩ましどころではありません。
不正についても同様に、彼等の立場上、リスクがあまりにも大きすぎます。
その上で強行しなければならない根拠も見当たりません。
ただのこじつけのように聞こえます」
マグノリアは淡々と述べていく。
ゲスギールは青筋を立てながら反論した。
「こじつけとはひどい言い様だ!
《聖女》様は魔物混じりどもの肩を持つと言われるのですか!」
マグノリアは表情を崩さない。
「単純に、事実を並べて考察しているだけです」
「《盗賊団》どもが事件の黒幕!
それこそが事実でございます!」
「はー、もういい」
ジェラードが二人を制した。
「茶番はもう終わりだ。
どんな悪あがきをするかと思えば、破綻した推理を持ち出して押し通そうとは。
もう少し考えや備えがあるなら引き出しておこう、と思ったがな」
ジェラードが呆れたように首を振る。
「で、殿下……?」
ゲスギールが困惑した顔で様子をうかがっている。
ジェラードは面倒そうに続けた。
「コモーノ・ゲスギール子爵。
並びにエチゴー・ワルヤノ筆頭護民官。
お前達を横領の容疑で捕縛する。
《呪縛》」
ジェラードが言い終わると同時に、光輪が幾つも出現して、ゲスギールと筆頭護民官を拘束した。
「こ、これは!?
血迷われましたか、殿下!」
「一体何をなさるのです!
相手をお間違えでは!」
二人はもがきながら叫んだ。
「俺がこの地に来たもう一つの理由が、正にこの不正の調査でな」
ジェラードは二人を無視して話す。
「たった一日、だぞ」
ジェラードはそこで一旦区切り、盛大に溜息を吐いた。
「たった一日、少しばかり調べただけで溢れるほど証拠が出てきた。
帳簿に手紙に改竄された書類……。
どれを採用すればいいか迷うぐらいだ。
迂闊すぎるのか、舐めすぎなのか……」
いよいよ額に手を当てて唸ってしまう。
「誘拐事件についても、お前らが糸を引いていたのは分かっている。
報告を握りつぶして騎士団の者達を追い込み、保護しているのを誘拐としてでっち上げようとしていたな。
実際に誘拐事件を起こしてくれて渡りに船、だったろう。
そして犯人として捕らえたところで、不正の罪をなすりつけようとした。
誘拐犯、ましてや《異能者》達の話など誰も耳を貸さないからな。
やりたい放題、というわけだ」
筆頭護民官は赤ら顔を真っ青にさせてしまっている。
ゲスギールが声を上げた。
「いっ、陰謀だ!
我々は《盗賊団》どもに嵌められたんだ!
そんな証拠は無効だ!」
「こ、この人、マジですか……」
あまりに頭の悪いあがきを見て、アプリコットなどはかえって毒気を抜かれてしまい、半眼になって肩を落としている。
「まったく時間の無駄だな。
まずは我々も騎士団も休息を取らなくては。
ひとまず、完全に拘束しておこう。
マグノリア、頼む」
ジェラードがそう言うと、マグノリアが頷いて二人の前に立ち、それぞれを引き起こして立たせた。
二人がなおも何か色々と喚いているが、マグノリアは気にしていない。
「《聖女》チョップ」
すととん、と両手で二人の頭を小突いた。
「おぼりゅ!」
「えばす!」
二人は綺麗に首だけ出した状態で地面に埋め込まれ、気を失った。
*****
「馬鹿な人達もいるもんですね~」
アプリコットが呆れたように言った。
「騎士団の人達の手柄まで掠め取っていたなんて」
ゲスギールはその後の尋問や屋敷の捜索で複数の余罪が発覚した。
そのうちの一つとして、騎士団による防衛が全てゲスギールによって行われたかのように改竄されている事が判明した。
彼が頭角を表しているという評価だったのは、そのように捏造された功績による可能性が高い、という事だった。
「奴は一般兵として最前線送りだろうな」
「望み通り前線には立てるわけですね」
貴族がこのような行為に走ることは稀だ。
何故ならば、犯罪としてのリスクだけではなく、更なるリスクを抱える事になるからだ。
この国では、高位の者であるほどより前線に、より激しい戦場に立つ、というのが慣習である。
勿論、執政の都合や文官の存在もあるので常から、というわけではないのだが、「強い奴から体を張るべき」という建国以来の脳筋気質から、出世すればするほど危険度が増す、という前のめりすぎる権力構造が形成されている。
そうなると自ずと、身の丈に合わない出世などは自殺行為でしかなくなり、実力者か怖いもの知らずな人間だけが自然に上に立つという仕組みが出来上がっていた。
「それでも考えなしというのは現れるものだからな。
俺のような王族が直々に出張ってでも釘を刺す必要があるわけだ」
次回は明日の12~14時頃投稿予定です。
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