2. 王子 その1
本日2話目です。
「――貴様との婚約を破棄する!」
ブレイブランド王国、王城。王家主宰の式典の場。
厳粛な空気にそぐわない内容が、そぐわない声量で、それでもなお朗々とした美声で響き渡る。
その美声の主であり、その声に劣らない端正な容姿の持ち主であり、この式典における最上位の血統の持ち主――第二王子であるところの青年、ジェラード・ブレイブランドは、続く静寂の中、ひと呼吸置いて続けた。
「偽りの《聖女》、マグノリア・グレイウィルム。
貴様との婚約破棄を。
そして、真の《聖女》たるアプリコット・ロング嬢との婚約を、ここに宣言する」
沈黙の中にざわりとした空気が生まれるが、他に口を開く者はいない。
明らな侮辱が含まれているにも関わらず、当事者である、マグノリア・グレイウィルムと、その親族までもが沈黙を貫いていた。
肩透かしを食って、僅かに鼻白む気配を見せながらもジェラードは一呼吸置いて続ける。
「……申し開きが無ければ、聴取のため身柄を拘束させて貰う」
そう言いながら目配せすると、会場の警護に当たっていた兵達が進み出てきて、マグノリアを取り囲んだ。
仮にジェラードの発言がすべて正当なものであったとしても、あまりに絵面のよろしくない光景を前に、流石に周囲がどよめく。
マグノリアの親族にあたる者達もまた、ぴくり、と反応を示した。
しかし、マグノリアが制止の意を示す形で右手を上げた事で、再び沈黙が訪れる。
「……捕らえよ」
その沈黙を受けて、ジェラードが指示を下す。
……が、兵達は動かない。
儚げな少女一人をいかつい兵が取り囲んで捕縛するという、いかにも士道に悖る行為に逡巡してか、手を出しあぐねている様子だった。
ジェラードは再度の指示を発するべきか考えていたが、判断を下すよりも先に、マグノリアの方が沈黙を破った。
「大丈夫です。
――加減はしますから」
その言にジェラードが疑問を抱くよりも早く、兵達はお互いを見合って、何かを決したように頷き、マグノリアの捕縛にかかろうとして、そして――。
*****
第二王子ジェラード・ブレイブランドは非常に優秀な人物であった。
そして、その優秀さが今回の間違いを引き起こした、とも言える。
ことの発端は、問題の式典の数週間前に遡る。
「東部国境近傍の集落を合成超巨獣が襲撃。
《聖女》が単騎でこれを迎え撃ち、討伐。
集落及び管轄部隊の人的、物的被害ともに皆無――か」
報告書に目を通していたジェラードが、ク、と僅かな嘲笑を漏らす。
しかし、その時の彼の双眸の奥に見えるものがあるとすれば、煮えた溶岩のそれであったし、報告書を持つ手は、入る力の余り、みしみしという音が聞こえてきそうだった。
「此度の式典で、そなたには《王国の盾》の地位を授けることが決まった」
先日、父である国王からそう告げられた。
《王国の盾》。王都の防衛と、国民の守護、救済を司る者。
名目上は要職であったが、事実上の閑職であった。
「それと同時に、《聖女》マグノリア・グレイウィルムに《王国の剣》の地位が与えられる」
「――っ」
対する《王国の剣》は、前線の要。
最高戦力を備えた英雄の称号として、名実ともに王国で最も名誉ある地位だった。
「……恐れながら、采配の理由をお聞きしても?」
「……それが適切だからだ」
にべもない返答。
これ以上は食い下がる余地も情報を引き出す余地も無さそうだった。
速やかに退出し、手の者に命じて探りを入れさせたのが数日前。
そして、提出されたのはばかげた内容の報告書と、「類を見ない戦功に基づいて、《聖女》に対し早急にふさわしい地位を」というふざけた企てが上層部で進んでいるという情報だった。
「ご老人方は血迷われたか」
聞く者が聞けば不敬として糾されかねない言葉を吐きながら、ジェラードは思案を巡らせる。
幼少の頃からの婚約者であるマグノリアとは、かつて親しい間柄であった。
ジェラードが齢八つにして類稀な才覚を表したが故に、早々に実戦を交えたスパルタ教育に放り込まれるという形で疎遠になってしまったが。
だがそれでも、彼女の体質については良く知っている。
仮に他の誰であっても、この荒唐無稽な戦果を一人で成すなど空言もいいところだったが、特にマグノリアにとっては絶対的に不可能な難事だ。
つまりこの戦功は、多くの兵の犠牲を無かったことにして、マグノリア一人の手柄としてでっち上げられたものだ。
とまれ、事情や背景は後回しで良い。
由々しきは、この企ての裏で流れたであろう多くの血が、人知れず揉み消されたであろうという事態だ。
……というジェラードの懸念とは裏腹に、実際は一滴の血も流れていないのだが。
「我が婚約者どのには悪いが、早急にご退場いただくしかあるまい」
そうとは知らないジェラードは、自らの足で処刑台の階段を一歩一歩着実に登り始めていた。
ジェラードは、非常に優秀な人物であったし、私欲にまみれた人物ではなかった。
今回の事も、自身の処遇もさることながら、主な動機は犠牲になった人々――義憤からのものであった。
更に言えば、疎遠になって以降も、マグノリアに対しては不可解には思えど悪感情は抱いていない。
どころか、例えマグノリアが名ばかりの《聖女》にしかなれなくてもそれはそれで構わない、それを補って余りある武功をジェラード自身が立てればよい、と考えるほどには悪しからず想っていた。
彼女はただそこに都合良くいたから担がれたのだろう、と推測していた。
それ故に、最終的な着地点として彼女が追い詰められたり破滅してしまうような結末にならないような計画を立てていた。
彼なりに集められる情報は集めて判断したし、私情にかられて道を誤ったわけでもなかった。
ただ、それでも――。
――それでも、彼が今現在王城の最も高い尖塔に突き刺さっているという事実は覆しようがなかった。
ジェラードは、とにかく運と間の悪い王子なのだった。
次回は明日の昼頃投稿予定です。
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